第45話 慟哭の別れ

『うんぎゃあ・・・、おんぎゃあ・・。』


(何処かで赤ん坊が泣いている・・。)


(・・赤ん坊の母親は、近くにいないのか? 父親でもいい、早くその子をあやしてやってくれ・・。)


姜文が泣き止まない声にたまらず、赤ん坊の泣き声が聞こえる方向へ走っていく。


すると、向かう方向に赤ん坊がいれられた白いかごに見えて来た。


姜文は、直感的に目の前の籠の中で泣いているのは、赤ん坊の時の自分だと気づき、自分が夢を見ている事を理解した。


後から、聞きなれた声がしたと思うと、一人の男がすばやく後ろから姜文を抜き去る。


一瞬の出来事で、姜文は男の顔を見る事が出来なかった。


男の背中が、赤ん坊が泣いている籠の前で立ち止まる。


男は籠の中から赤ん坊を抱き上げる。


『姜文、何を泣いておる。お主、男のクセに情けないのう・・、どうした腹でも空いたか?。』


姜文は、そんな馬鹿な事は有りうる筈は無いと、前に歩み寄り、男の顔を見ようとした。


『徐福様・・。』と姜文が男の名を呼ぼうとした瞬間、突然うつつの世界に戻される。。


胸を押す圧迫感が、身体の重さを感じさせる、手のひらから肘、膝から足にかけ、ザラザラとした感触を感じ、姜文は自分が仰向けになり、浜辺で倒れている事を自覚した。


『うんぎゃあ・・・、おんぎゃあ・・。』


(赤ん坊の泣き声は、夢の時と変わらず、続いている・・・リャン・・凛凛リャンリャン。)


記憶が一瞬で蘇ってきた。


『徐福様、凛凛!!。』


顔を上げ、本能的に目が強い光を追おうとする。


その為、最初に姜文の目に入って来たのだが一番強く光る焚火の火と、その横に寝かされた凛凛の姿であった。


姜文は、すぐさま徐福を探そうと、浜辺を見渡そうと頭を横に振る。


海に近い場所で、仙女の姿をした女性が、人形の様なモノを抱きかかえている。


(まさか・・まさか・・・まさ・・・。)


姜文は、慌てて立ち上がり、急いで仙女の姿をしたあやかしの方角に走り出す。


足が気持ちに反応できず、足がもつれて転ぶ。直ぐに立ち上がり、両手も使い這うように飛びついた先は、徐福の身体を抱く妖の一歩手前であった。


『徐・・様、様、徐福様、徐福様、じょふくさまぁ。』


『徐福様、徐福様、徐福様。どうされました。どうされましたぁ。』


姜文は、そういうと、妖から徐福の身体を奪おうとする様に、全身の力を振り絞り、徐福の身体に飛びついた。


妖の手は、姜文の力に無抵抗の様に、徐福の身体から力なく離れる。


姜文がみた徐福の顔は、狸顔の面影はない、姜文の知っている徐福の輪郭は多少あるが、白髪になり、髪も少なく、頬は痩せこけ、顔は皺だらけの老人の顔であった。


身体も、骨と皮だけではないかと思うぐらい、痩せこけ、恐ろしさを感じる程の軽さである。


心の鼓動も聞こえない。しかし未だ鼓動が止まって間もないのか、顔には血色が残っており、身体にも未だ微かに温もりがあった。


『どうされました。どうされました。』と、姜文は答えを知っている呼びかけを、信じたくないという様に何度も繰り返す。


徐福の顔は、精も根も尽き果てた老人の顔であったが、その顔に苦悶の表情は無く安らかな顔だった。


呼びかけに応えてくれない、徐福の身体を姜文は強く抱きしめ、そして終には泣き出した。


『アウ・・・・アゥ・・ウウアァア・・うあああ。』


姜文の言葉に鳴らない、呻き声が凛凛の泣き声を消し、薄明かりの浜辺に響く。


あまりの悲しみの為に、狂ってしまったかのような男の叫びのような泣き声であった。


姜文の声で、気を失っていた陸信も目覚める。


陸信は、立ち上がると、先ずは泣いている自分の娘凛凛を抱き上げ、娘の無事に胸を撫でおろす。


姜文の常軌を逸した様子と、それに抱かれた老人が徐福と分かった時、陸信自身も驚きのあまり、おかしくなりそうになったが、胸に抱く凛凛の存在が、陸信の心の平静を保たたせた。


『仙女様、スミマセヌ、姜文様と徐福様に何かが起こっている事は、分かっておりますが、どんな事情があろうと私は、娘を一度家に連れて帰らなければなりません、家に娘を送り届けましたら、その足で集落の仲間達を呼んで参ります。直ぐに戻って参ります。・・・スミマセヌ。』


陸信が言葉を伝えた女性は、無言であったが、陸信の声に反応する様に立ち上がったので、陸信は了承を得たと判断し、凛凛を抱いて足早に集落へ戻る道へ歩み出した。


仙女の姿をした妖は、二人の影が浜辺から見えなくなるまで、その方向を見つめていたが、影が消えるとユックリと満月を見上げた。


満月を見る妖の目から、涙が一滴零れる。涙を零した妖は、心に踏ん切りをつける様に目を閉じ、そして開けたと思うと、姜文の傍に近づく。


そして、その場で静かな、とても静かな音を出した。歌ではない、海の深淵から湧き出るような生命の鼓動を感じさせる音だった。

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