第3章 最期の奇跡(希代の詐欺師逝く)

第39話 飽桀(ほうけつ)

あやかしと再会した日、飽桀は直ぐに趙高という宦官からもらった伝書鳩の足に妖が述べた事を詳細と自分の要望を手紙(布)に書き、それを鳩の足に巻き、太陽の沈む方角へ放した。


飽桀ほうけつは、もともと斉の国の文官の家の出であった。


その為、幼き頃よりきちんとした教育を受けていた為、読み書きができた。


飽桀という名は、親からもらった名ではなく、飽桀自らが自分に名付けた偽名である。


飽桀が親から生を受け、名付けてもらった名は、騰軍とうぐんであった。


彼が偽名を名乗る理由は、彼の過酷な少年期にある。


不幸が訪れたのは、彼が10歳の時、彼の父親が収賄罪しゅうわいざいで捕まった事が契機であった。


結果、父は流刑、一家は財産を没収され、身ぐるみを剥がされた状況で離散させられる。


罪人の家族という事で、白い眼と悪意に晒され、飽桀を残して他の家族は貧窮の生活の中で泣きながら命を落とした。


食べる物はもちろん、着る物にも困る生活で、彼はほとんど裸で日雇いの仕事をして日々生き延びた。


15才の時衣服を盗むために、初めて人を殺した。服には、少なくない金子が入っており、彼はその金で何年かぶりかに身を清め、身なりを整えた。


身なりを整えた彼が向かった先は、斉の国の兵を募集していた野営地であった。


野営地の募集の担当官が、彼に名を言う様に命令すると、彼は担当官から筆をもらい自分で竹簡に名前を書いた。


飽という姓には、飽きるほど飯が食べれる身分になりたいという祈りを込め。


桀という名は、残虐で酒色を好み暴政によって古代中国夏王朝を滅ぼした悪玉の代名詞である最後の王の桀王から取ったのである。


どんな悪さをしてでも、再び這い上がってやろうという意味がその名には込められていたのである。


飽桀は、軍に入った後も、自分の利益になる事は何でもやった。


己の武器となると思い、船を漕ぐ訓練では、人並外れた執着心を持って漕ぎ方を学ぶ。


軍の中で自分に悪意を向ける者を闇討ちしたり、戦場に出れば、兵ではない者達も殺し、略奪をして金を貯め、その金を上官へ貢いだ。


あらゆる悪さに手を出し、名前に込めた思いを実践し、飽桀はガムシャラに登り詰めたのである。


入隊から10年経った頃には、彼は部隊の中隊長にまで出世していた。


しかし、やっと自分の地位が出来たと思った矢先、斉の国が秦へ降伏する。


気がつけば今迄保証されていた身分がはく奪され、実在も分からない仙人へ不老不死の霊薬の交換物の奴隷として船に乗せられようとしていた。


飽桀は、絶望の中悟らされる。この世の総てが悪意で作られているという事実を・・。


出航の前夜、自分に与えられた粗末な部屋に向かう途中、数名の男に拉致される様にある場所へ連れて行かれた。


其処は、上等な寝具のある宿屋の一室で、背の低い男が待っていた。


『よく来たな。』と男は低い独特の声を出す。


(これが、噂にきく宦官という生き物か・・・。)


飽桀は、恐怖も感じず、唯冷静にその男を観察するように眺める。


『騰軍・・いや、今の名は飽桀という名らしいな、明日、出航する前に、お主に良い話を持って来た。』


『我はお主の船の操作術の巧みさ、字が読み書きできる事も知っている。』


『・・・。』、飽桀は無言で自分の素性を知っている男の顔を凝視する。


(この男、何が言いたい、いや、俺に何をさせるつもりだ・・。)


『・・・秦の始皇帝、嬴政様の目となり船に乗れ、でなければ此処で殺す。』


『・・・・。』、奇妙な声を出していた男の声が、突然太い男の声に変わり恫喝したため、驚き言葉が出ない。


早く、何かを言わなければ、この男は自分を殺すのではという恐怖を感じ、慌てて声を出そうとするが、頭が真っ白になり、言葉が出てこない。


飽桀以外の者にとっては、数秒の出来事であったが、飽桀自身は、死を覚悟する緊張の為、その時間が何倍にも感じられた


『・・・・・・。死にたくねえ、・・・死にたくない。』


飽桀は、受け答えになっていない事を自覚しながら、己の頭に出て来た言葉を繰り返した。


『そうじゃろう、そうじゃろう・・。』と男は、又甲高いような奇妙な声色で話しはじめる。


『話が早い、この伝書鳩を持って船に乗れ、船に乗り、蓬莱山のある島についたら、状況を書いてこの鳩を放せ。』


『・・分った。約束する。』と飽桀は短く答える。


『この部屋は、ワシからの気遣いじゃ、明日、迎えの者を寄越す。その者達の籠にのり、港のちかくまで向え!。』


『分った。分ったよ。了解した。』と飽桀は降参を示すような低い声で繰り返す。


背の低い男は、そう言うと、数名の家来を連れ部屋を出て行った。


男の気配が消え、暫くすると豪華な料理と酒を持った化粧をした女達が部屋に入ってくる。


『既にお代は頂いております。』と、飽桀に盃を渡しその盃に酒を注ぐ。


料理と酒をおいても、女達は部屋から出て行かず、飽桀と共に晩酌を共にしようとしている。


(・・・気っ風の良い事だな、死神が俺の命を担保に酒を飲ませてくれるらしい。)

(イイゼ・・・。どうせ死ぬなら、周りの者達の髪を引っ張り、俺と一緒に道連れにしてやる。)


飽桀は、一人の女性を強引に引っ張り、自分の傍に座らせ、肩をくんで豪快に酒を煽った。


その酒は、死神との契約書に署名する筆であった。


『一人でも多く、・・・道連れよ。』と飽桀は低い声で呟き、2杯目を飲もうとする。


その目は、自暴自棄になった寂しい男の目であった。


2年前を思い出し、飽桀は鳩の飛んでいった方角を眺める。飽桀の目は、2年前と変わらず寂しげであった。

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