第36話 人魚の肉【4】
徐福、姜文、
二人は、船に乗って直ぐに、
海に出る時は未だ暗闇が世界を支配しており、その中を松明の灯りのみを頼りに漕ぎだしていく。
暗闇の中、波の音と飽桀が船を漕ぐ音が少しだけ聞こえてくる。
風もあり、純粋な静寂だけではない世界が其処にはあった。
目が暗闇になれたとしても、視野が届くのは、わずか1mぐらいのモノである。
視野の狭さと、闇に対する恐怖が、海全体がひとつの生命体ではないかと三人に思わせる。
三人は、当てのない船旅をしながら、道しるべの無いその海原を進む自分達が、巨大な妖の腹の中に入っていく、そんな感覚だった。
船の上では、徐福が妖に声を届かせる呪文を、唱えている。
姜文は、船首に座り
予備の松明も使いきる頃、見計らった様に日が昇ってくる。
日の光が、徐々に世界を明るくしていく。闇を太陽が世界から徐々に押し出していく。
姜文は太陽が昇ると、正直ホッとしてしまう自分がいる事に気づく。
異世界から、現実の世界に戻ってこれたという安堵感である。
日が昇ると、3人は用意していたた携帯食を食べ、その時の徐福の指示で船の進む方向を決める。
朝食を食べ、一時間ぐらい探索した後、3人の船は浜辺に戻る方向に舵を取る。
3人が浜辺に戻る頃には、浜辺には数は少ないが朝の早い漁師達が自主的に漁の準備をしている。
徐福と姜文の二人は、彼らの目から避ける様に、速やかに浜辺を去ろうとするが、飽桀はそんな二人の気も知らないで、ゆっくりと船を片付ける。
姜文が飽桀の行動が気になり振り返ると、飽桀は普通に顔見知りの漁師達と挨拶をしているのである。
(これでは、私らがしている事が集落の民達の間で噂になるのは時間の問題だな・・。)と姜文は諦めた。
姜文はその日王豊に会うと、飽桀の緊張感の無い行動を伝え、後の祭りであるが今後は気を付けて欲しいとのみ伝えた。
次の日、姜文からも飽桀にその事を直接注意した。飽桀は、既に王豊から注意されていると言い、姜文にも丁重に謝罪をするので、今後は注意するよう伝え、それほど強くは怒らなかった。
しかし、案の定、3人の隠密行動は瞬く間に噂になり広がった。
徐福と姜文が不老不死の霊薬を求め、霊薬を持つ妖と会うべく危険を冒し毎晩船を出している。
あまりに、具体的で真実を射ている噂に姜文は噂の出処が飽桀だと疑ったが、飽桀は死んでも自分では無いと否定する。姜文も、徐福も飽桀に不信を抱きながらも、事の始まりが自分達の誤りの為であったと自分達を戒め、深くは追及しなかった。
そんな晴れぬ気持ちの問題はあったが、3人の探索の日々は粛々と過ぎ、気がつけば3ヶ月が過ぎていた。
そして、日の出が早くなり、
その日、日が明けはじめる薄暗さの中、不思議な歌が聞こえて来た。
あの悲しい、恋人を待つ女性の心情が想像できる歌であった。
飽桀の目が虚ろになり、操られた様に歌が聞こえる方向に船を漕ぎだす。
徐福が、前にいる姜文の顔を確認する。
『徐福様、妖でしょうか??もう、耳をおさえる必要は有りませぬか?』
姜文は、咄嗟に耳を塞いだのか、意識がしっかりとしていた。
徐福は、姜文の問いに答える様に、自分の耳を一度両手で塞ぎ、直ぐに離した。
姜文が、その動作の意味を理解し、その動きに準じる。
『どうやら、ワシの声がやっと届いたらしい・・、来るぞい。』と徐福が姜文へそう言うと、進む船を目指して、進んでくる物体が見えて来た。
『徐・・、徐福・・・、徐福様でございますか?。』
近づく物体の影が徐々に大きくなり、その影が発する声が徐々に大きくなり、声が徐福への呼びかけである事が分かった。
『徐福様、お久しぶりでございます。本日は私に何か御用ですか・・?。』と影が止まり、話しかけてきた。
二人は声の主の姿をみて、
『其方、もしかしてあの時の妖か??。姿が全然変わっているし、その以前とは話し方も違う、どうしたのじゃ。』
『ケガを治す為に、霊力を使いましたので、こんなにも身体が小さくなってしまいました。』
『命を救われた徐福様と会うのには、以前の姿よりも、この様な姿が・・、話し方も・・相応しいと思い・・
『いや、良い、今の方が断然良い。有難い。あの時、消失した腕も、矢で射抜いた目も治って良かったのう・・・。』と徐福は、驚きながら妖の新しい姿をみつめ、本音を漏らす。
『傷を治すのに、1年以上かかりました。体は小さくなりましたが、やっと傷がなおり、胸を撫でおろした頃、徐福様の声が聞こえ、正直退治しに来たのかと、暫く様子を見させて頂いておりましたのよ。』と妖は口に手をやり、微笑みながら答える。
『しかし、毎晩徐福様の声を聞いている内に、退治ではなく、別の目的ではと、考えを改め、今日は勇気を振り絞って出て参りました。』と言い、妖はもう少し船に近づいてきた。
海面に出ているのは、上半身だけであり、その下は見えない。
『それで、徐福様、私を探していた理由は、御用は何でしょうか?。』と仙女の姿をした妖が言う。
その時飽桀にかかっていた妖の術が、効力が切れたのか、飽桀は正気に戻る。
彼は、自分の前で仙女と徐福が話をしているのを見て、自分は夢でも見ているのではないかという思いになった。
それが、現実であると認識した時、冷静に思考を巡らし、彼は身の危険から逃れる為、巻き込まれるのを避ける為に、意識を失っているフリを続ける事にしたのであった。
その為、徐福も、姜文も妖さえも、彼が目覚めているとは思いもしなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます