第35話 人魚の肉【3】

徐福が姜文の提案を聞き、次の日より二人は再び妖と会うべく海に探索に出る計画を立てた。


昼間は漁師達が海で漁をしているので、二人は夜に密かに抜け出し海に出る事を計画する。


漆黒の闇に、海へ漕ぎだすのは危険な事である。しかし、事が事だけに公にする事ができない。


二人は、船を借してくれる漁師の長にのみ、夜に海に出る事を相談した。


漁師の長の名前は、王豊おうほうといい、当時30歳で漁師の者達総てから兄貴と呼ばれ頼りされる男であった。


案の定、最初王豊は船を貸す事については二つ返事で了承したのだが、二人が夜の海に出ると打ち明けた途端、『命が何個あっても足らない、自殺行為だ!。』と、反対し、夜、海に出るのであれば貸す事は出来ないと話を打ち切ろうとした。


夜の明かりが、月の光しかなかった時代である。松明たいまつの火を灯していくとしても、松明の灯りなどそんなに長くはもたない。


当時の暗闇に対する恐怖は、現代の比では無かった、又海の恐ろしさを認識している漁師だからこそ、二人の無謀な計画に同意は出来なかったのである。


又、王豊は二人が命を賭けてまで、夜の海に出る目的を知りたがった。当然の事である。


『・・・、以前退治した、あの妖を探しに行くのだ。』


『霊薬じゃ、海に住む妖が不老不死の霊薬を持っていると、神仙から徐福様に、夢でのお告げがあったのじゃ。』と姜文が徐福の代わりに、王豊へ告げる。


『我らは、大王様からこの地に眠る、不老不死の霊薬を探す様に依頼され此処にやってきた。』


『徐福様が夢の中で、神仙からお告げがあったという事は、天が大王様に永遠の命を与えようというお導きかもしれん。』


王豊はもともと始皇帝が嫌いな男であり、できれば自分が認めた徐福と姜文の二人が自分達の王になってほしいと考えていた。


『徐福様は、不老不死の霊薬が見つかれば、私達を連れて秦の国へ戻ろうと考えておるのですか?』


『私は、帰りたくありません。又多くの者も、この地に留まる事を望むと思います。多くの者が、徐福様と姜文様が治める集落に残りたいという筈です。』


王豊は、自分の心を正直に言葉にした。


『残りたい者は残れば良い、ワシも皆をつれて大王の元に戻るつもりは毛頭ない。』


『しかし、ワシも大王に霊薬を持って帰ると言って、此処に来たのじゃ。』


『嘘をつけば、ワシは方士の資格を失い、霊力を失う。それが最終的に、お主らに迷惑をかける事になるやもしれぬ。それが一番怖いのじゃ。都合の良い話だと思うが、察してくれぬか・・。』


王豊は最終的に船を貸す事に条件をつけた。


条件の一つは、船を出す時間である。


夜ではなく、夜明前に松明を持って出発し、漁が始まる前に戻ってくるという条件である。


そしてもう一つは、船を漕ぐ男を一人つける事であった。


王豊は、陸信の名を挙げたが、徐福が陸信の家族に子供が出来たばかりだという事を理由に、他の者を推薦してもらいたいと要望した。


王豊は、暫く考え、船を漕ぐ名人という事で飽桀ほうけつという独身の男の名を出す。


徐福と姜文は、王豊が紹介したその男を知らなかったが、船を漕ぐ名人という事だったので二つ返事で同意したのであった。


『王豊殿、不老不死の霊薬とは、良い事も悪い事も連れてくる劇薬じゃ。今日、ワシらがお主に伝えた事はくれぐれも内密にな・・・。』と徐福が王豊に二人が海に出る目的を言いふらさない様に念を押し、3人の打ち合わせは終わったのであった。


その日、徐福と姜文は家に帰り、早めに床についた。


夜中に起き、王豊から言われた時間に浜辺へ向かう。


浜辺へ向かう道を歩く中、姜文が徐福へ話しかける。


『徐福様、正直、ただやみくもに妖を探しても、見つからない可能性もあります。その可能性が高いと思います。』


『姜文、ワシが何も準備をせずに、来たと思っているのか?。』と徐福が、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの言い方をする。


『ホレ、初めて妖を探しに行った時、御札を作る参考の書物があったじゃろ。あの書物

の中に、妖を呼び出す呪文というか、妖に声を届かせる呪文が書かれていたのじゃ。』


『ワシは、船に乗ったら、その呪文を一心不乱に唱え続けようと思う。』


『リン ピョウ トウ シャ カイ チカ モク ドッテン カイメイ!』


『妖を現れよ、我は此処なり!!』と徐福は、予行練習をするかのようにその場で、手を振りかざしながら実践してみせた。


『徐福様、今、此処で唱えて、厄介な別の妖が出てきたら、怖いので、今は止めて下さい・・。』


『そうじゃな、・・スマンスマン。』と二人はそんな会話をしながら浜辺に続く道を歩き続けた。


浜辺に着くと、松明を持った王豊と一人の男が二人を待っていた。


『飽桀と申します。今日より、御供させて頂きますので宜しくお願い致します。』


王豊と男は同年齢ぐらいに見えた。人懐こい笑顔で頭を下げた男。


姜文が冗談まじりにいった、厄介な妖とは彼の事だったと・・・、後にわかり姜文は後悔する事になるのである。

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