第29話 物言う妖(あやかし)
その不思議な生き物は、3人が乗る小船の前に突然顔を出した。
人間の女性の様にも見えるその顔は、犬歯が異様に伸びており牙の様にみえる。
頭には二本の角が出ている。目は鋭くはないが、感情がない様な目をしている。
その者の顔は、魔除け飾りの般若の面の様な顔をしていたと十兵衛は煕子へ語った。
その生き物は、船上の3人の姿をゆっくり観察する様に眺めたかと思うと、低い金切声をあげる。
ピィーと低音であるが、響く声で長い音であった。
『頭に響く、何じゃこの音は。』と、徐福は思わず言葉を出す。
徐福が言葉を発した後も、10秒ぐらいその声は続いた。威嚇ではなく、何かを調べる様に気がつけば、低音だった音はかなり高くなっていた。
『痛い。』と、姜文が苦しそうに両耳を両手の手のひらで塞ぐ。個人差はあるが、徐福と陸信も同じ様に耳を押さえ、苦悶の表情をする。
3人の我慢の限界が来る直前、その生き物の声は突然止まる。
(助かった・・・。)と三人は同じ思いであったであろう。
すると、その生き物は3人に語りかけて来たのである。
『お前ら、何者じゃ? どうして我の歌を聞いて、術にかからぬ。』、その生き物の声は人間の女性の声であった。
(何と、こ奴、我らの言葉が分かるのか?。)と姜文は瞬時に助教を理解し驚愕した。
『・・・・・。』、3人は驚きのあまり、言葉が出ない。
『我の言葉は、聞こえておろう。答えねば、生かしておかぬぞ。』
『お主、どうして我らの言葉が話せるのじゃ?』と、徐福が他二人の疑問を代弁し、不思議な生き物に質問した。
『先に、我の質問に答えよ。我を怒らせてお主らに良い事など一つもはないぞ・・・。』と、不思議な生き物は、威嚇する様に大きな声で叫ぶ。
『ワシは、名のある方士じゃ。お主のような
『・・・方士だと、我の術が効かない人間、そんな者がいるとは・・・。』と、無表情だった妖(怪しい不思議な生物)の顔が、目が大きく開き、口が少し動く、動揺している心が伝わってくる。
『フフフッ!』と、徐福はそんな慌てる妖をあざける様に、不敵な笑みを溢す。
気がつけば、姜文も妖と同じ顔をして踏ん反り返る徐福の姿を見ている。
徐福のその表情の理由は妖とは真逆であった。彼は、徐福のその身の程知らずな言動、根拠のない自信に驚き、徐福のそのハッタリが直ぐに妖にバレルのではないかと内心ハラハラしていたのである。
(徐福様、貴方様は唯の酒好きな人間ですよね・・・・。)、『んん、ングンッ。』
姜文は怖い物知らずの主君の身を案じながら、妖に自分の感情が読まれない様、又動揺している自分を冷静にさせる様にワザと自分の唾を大きく飲み込んだ。
『今度は、お主がワシの質問に答える番じゃ。言葉の事は言い、ワシらの仲間を連れ去ったのはお主か、もし連れ去ったのがお主なら、その者達を何処に連れていった。』
『お主らの・・・仲間、我が以前喰った人間達の事か・・。我の身体の中と言えばよいかのう。生気を吸われた者は泡となり消える。その後、奴らがどうなるのかは、我も知らんわ。』と、妖は無表情に戻り、思い出したかのように無機質に答えた。
『泡となったのか、ワシの大事な民達を・・・・。』と徐福は低い声で、妖の言った言葉を胸に刻むように、下を向きながら呟いた。
『このバケモノが、許さんぞ・・・。』と徐福の横で聞いていた姜文が激高する様に叫ぶ。
『フフフッ、許さんとな、これは異なことを・・・お主らも自由に海の魚や貝をとり、食べて生きてるではないか。それが許せて、自分達が食べられる立場になるのは許さんのか?。我がお主ら人間を食べる事も、許すのが筋であろう。』と、妖は嘲笑するように片手を海から出し、口元に置く。
人間の様な腕をよく見ると、数か
『我から、お主達へ最期の質問じゃ、お主らが今日海に出ていた理由は何じゃ?。最近、お前たちの仲間は海にでておらず、漁を止めていたと思ったが、どうしてお主達だけ、海に出ておったのじゃ?』と、妖が言う。
『・・・・。』、徐福は無言であったが妖に向けて手招きする。
『・・・理由を教えるから、こっちへ来てくれい。見せたいモノもある。』と徐福は、穏やかな口調で妖に話しかける。
『・・・何じゃ、何を見せたいのじゃ。』と妖は、顔を海に沈め、水中を泳ぎ船に近づいてきた。
物凄い速度で小船に近づいてくる妖、3人はその時初めて妖の下半身が蛇だという事に気づく。
警戒心のある妖は、船には上がらない。上がれないというのが正しいのか、海中から見せたいモノを見せろと言う様に片手を差し伸べる。
『おおう、スマンスマン、これじゃ、これを見てくれ!。』と徐福は、友好的な笑みを見せて自分の手作りの御札(呪文の書いた木簡)を手渡そうとした。
御札が、妖の手に渡されたと思った瞬間である。
御札に触れた妖の片手が、ボワッと燃え出し、焼失したのである。
『今じゃ!!、二人とも。』と、徐福が合図をすると、姜文と陸信が隠していた槍を取り、力いっぱいに妖の身に投げつけたのである。ズッと鈍い音をたて、2本の槍が妖の胴体に刺さる。
『ワシの民達の
徐福は、憎しみの言葉と共に、恨みの眼差しで妖に吐き捨てる様に伝えたのであった。
徐福のその時の顔は、姜文が知っている何時もの温和な徐福では無かった、まるで仏神が乗り移っているような勇ましさと怒りが入り混じった顔であった。
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