第28話 歌声と共にやってくるモノ

3人が探索を初めて、2週間は特に何もなく日々が過ぎた。


船を操る若い漁師の名は、陸信りくしんといった。陸信は口数が少なく温和な若者であった。

陸信は船の操縦はもちろん、3人が食べる弁当、飲み水を毎日用意し、又徐福を気遣い日傘になる物を常に船に乗せておくなど非常に気がつく男であった。


徐福と姜文の漫才のようなやり取り、時には彼らの口喧嘩を陸信はニコニコしながら聞いていた。

陸信のその人柄が、二人と上手く合い、彼の存在が潤滑油になっている様であった。

2週間も過ぎる頃には、3人は立派なチームになっていた。


しかし、漁が出来ない日が2週間続いた事で、徐福達集落の食糧状況は急激に悪化していた。

その為、3人の心にも焦りが生じ始めていた。

そんな状況のある日、あやかしは歌声と共に現れたのである。


突然、遠くの方から声が聞こえて来た。遠くから意味が分からない声が聞こえてくると思ったら、船が突然その方向へ進み出したので徐福は驚いた。

徐福には聞き取れない、その声には抑揚があり、それは歌であった。

悲しい歌、恋人の帰りを待つ女性が歌うような、そんな響きがある様に徐福は感じた。


慌てて船を操る陸信の状況を確認する徐福、見ると陸信が催眠術にかかったかのように、虚ろな目で船を言葉が聞こえてくる方向を目指し漕いでいる。


『陸信、船を止めてくれ。何か悪い予感がする・・。』と徐福が大きい声で叫ぶ。

徐福の大声の制止がまるで聞こえていないかのように、陸信は反応せず、船を同じ方向に漕ぎ続ける。


(何かが、ヤバい・・。)

『姜文、陸信を押さえつけろ!漕ぐのを止めさせるのじゃ。』と陸信の直ぐ傍にいる姜文へ大声で指示を出す。

『・・・・。』

姜文から、応答が無く、徐福は姜文の顔を見る。気がつけば、姜文も虚ろな目をしている。


(不味い、姜文もか・・。)

徐福は、急いで自分の前に向かい合って座る姜文に近づき、力いっぱい姜文の頬を叩く。

それでも、姜文の催眠状態は解けない。


徐福は、瞬時の判断で近くにあった大きな容器を海にいれ、海水を溜めたと思うと、それを姜文の顔めがけて浴びせかける。『ぐぅ・・・。』。開いたままであった姜文の目に海水が直接入り、姜文が初めて苦痛の声をあげる。


『徐福様、突然、何をするのですか・・・目が、目が。』と姜文が、苦しみながらも抗議の声をあげる。


『姜文、苦しがるのは後じゃ、お主の後ろにいる、陸信を止めろ。ヤバいぞ!。』


『突然、そんな事言われても・・・。』と、姜文は困惑の声をあげながらも、ほんの数秒の後、目があけれない状況でも、自分の後ろにいる陸信の気配めがけて腕を伸ばす。


『どぼぉん・・。』、海に物体が落ちる鈍い音と、自分とブツカッタ人の気配が消失するのを姜文は感じた。

姜文が座ったまま低い姿勢で腕だけを出したので、その腕は陸信の足の部分とぶつかった。突然足を突き飛ばされる状況になり、陸信はバランスを崩し海に落ちたのであった。


暫くすると、意識を取り戻した陸信が、慌てた様子で海中から顔をだす。

徐福の見たその顔は、慌ててはいるが、虚ろな目ではなく、しっかりと自分の意思がある目であった。


『どうやら、正気に戻った様じゃな・・・二人とも。』


『陸信、スマヌ、理由わけあって、お主を海に落とした。説明するから先ず上がって来てくれ。

姜文、お主も何時迄苦しんでおるのじゃ、陸信の手助けをするのじゃ。』


『そんな事言っても、やっと視界が・・・。』と姜文はそう呟きながらも、徐福の指示に従い陸信に合図を送る様に手を差し伸べる。


姜文の手助けを受け、海から船へ這い上がった陸信は、息をきらし直ぐにその場で座り込む。

『徐福様、姜文様、気がついたら海の中でした。何があったのですか?。』と息をハアハアさせながら陸信は辛そうに声を出す。


『ワシにも総ては分からん、しかしどうやら、お主ら二人はあの者の声に引き寄せられていた様じゃ。』と言いながら、徐福は歌が聞こえてきた方向を指さした。


姜文には徐福が指さした方向に、一つ小さい影が見えた気がした。かなり遠くにいる為、その影が何であるかは正確に分からない。


『徐福様、あの影、人ですか?。私には、良く見えないのですが・・。』


『ワシの目はよいからな、人の様じゃ。・・・・あ奴、ワシらの異変に気づいた様じゃ。こっちに来るぞ。姜文、武器を用意した方が・・・良いみたいじゃ。相手に分からない様に、慎重に出して、あ奴から見えない様に隠しておけ。』と、徐福は小さい声で姜文へ指示をだす。


その声は、何時になく緊張していた。

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