第24話 酒席の会話

『今から遠い昔、遠き国より来た二人の男が若狭の国に理想の国を作ろうとした事がある。』

『国を治める者は民を愛し、民も又国を治める王を愛する。大きな家族の様な国を・・・。』


十兵衛が煕子に語り出した話は、遠き昔異国から来た二人の男の話であった。

煕子は、おとぎ話の様な昔話が自分の夫となる者と何の関係があるかが分からなかったが、十兵衛の真剣な顔を見て、とりあえず最後まで聞いてあげようと思ったのであった。


十兵衛の回想は、紀元前219年の春に遡る。

あの日・・・、穏やかな潮風は心地よく、何よりも信じられる仲間がいた・・・。


日本に上陸した徐福と姜文そして、彼らが連れて来た一行は若狭の国の海岸に船を停泊させ、居住できる建物ができる迄、船で生活する事にした。

始皇帝から提供を受けていた五穀の種は、長い旅の途中で食べつくしてしまい、その時既に底をついていた。彼らの問題は、目先の食糧調達であった。


姜文の指示の下、3,000人の男女は仕事の担当別に6つのグループに分けられた。

男性を中心に食料調達担当、居住区の建設担当、船の整備担当、建築材料の確保担当、土地の探索、そして女性には洗濯や食事を作ってもらう事にしたのである。


船には、幸い各分野の指導者となれる者達がいたので、その者達を軸にグループをつくり、初日から秩序を持った行動を開始できたのであった。


グループ分けを終え、各グループに具体的な任務を与えた後、徐福と姜文は船内で今後の事について話し合っていった。


『徐福様、目先の課題は食料の調達です、・・・が、もし食料の目処が立った後ですが、不老長寿の霊薬が、この地に有るかもしれませぬ。お探しになりますか?』と神妙な面持ちで姜文が徐福に聞く。


『霊薬・・・、霊薬・・・・・そうじゃな、そういえば・・・。】と、徐福は何かを思い出したかのように、その部屋から足早に出ていき、そして大事そうにあるモノを抱え戻ってきた。

酒瓶である。


『斎の国を出航する時に、無事に目的地に着いたら飲もうと、大事に取って置いたのじゃ。』

『ツマミは、これしか無いがのぅ・・・。』と言うと、小さい布袋を開けて見せた。

布袋の中には、ヒマワリの種が入っていた。


『姜文、どうじゃ、お主も霊薬、一緒に飲むか?。』と、徐福は姜文が返答する前に盃を二つ机に置き、それに酒を注ぐのであった。


『・・・、無論です。霊薬を飲みたくない者等、おりますまい。』と姜文はニヤリと笑い、徐福の用意した酒席に近づき、椅子に腰を下ろしたのであった。


『それでは、乾杯じゃ。』と言うと、徐福は盃を手前に出し、姜文も慣例の挨拶の様に自分の盃を前に出す。コッと、盃同士がぶつかる低い音がすると、二人は先ずは最初の儀式と言わんばかりに、クィッと一飲みに盃に入った酒を飲み干す。


『クゥ~ッ、効くじゃろ、ワシの霊薬は。』と徐福が言うと、『プハァッ、・・これは、抜群ですな。』と姜文も感嘆の声をあげる。


当然の様に速やかに姜文が徐福の盃に2杯目の酒を注ぐ、その後、自分の盃にも注ぐ。

徐福は注がれた盃の酒を飲む前に、子袋の中にあるヒマワリの種を1個、口へ入れる。

ほのかな塩分を含んだ、種の殻を歯で上手にあけ、その中の種の実を食べる。

種の実自体は微かに甘く、塩分と甘味が酒のツマミに適していた。


(ヒマワリの種は、その都度、殻を口から出さなければならない、又時々、その殻が歯に挟まる。が無ければ、最高の酒のツマミなのだが・・・。)と姜文は思いながら、2杯目の酒を少し口にした。


そんな姜文とは対照的に、豪快な徐福はヒマワリの種をバリバリと殻ごと食べ、そのまま飲み込んでいる。


『徐福様、殻は・・・。』

『何じゃ?。』と、徐福は姜文の質問を聞き直しながら、豪快に2杯目の盃を飲み干す。

『いえ・・・、なんでもありません。』と、姜文は3杯目の酒を注ぐ。

(この人の腹は、何で出来ているのだろうか?)と思いながらも、口には出さず徐福の顔を見ている。


珍獣をみるかのように、姜文は徐福を観察しながら酒を楽しむ。

狸の様な徐福の顔が、酒の酔いの為か少しづつ赤くなる。

プハッ、プハッと言いながら、酒を飲み、バリバリと音を立てるじょふくはどんどん幸せそうになっていく。


酔った徐福は、思い出したかのように姜文の最初の質問に答える。

『不老不死の霊薬なぞ、ワシは要らん。探さなくても良い。限りあるから、人生は尊いのじゃ。考えてもみろ、もし不老不死になって自分だけ生き延びても、自分以外の者が先に死ぬのだぞ、何時も取り残される、そんな孤独はワシはご免じゃ。』


『ワシにとって、親しい者と飲める酒が霊薬じゃ。限りある機会だから感謝する気持ちが生まれる、また一緒に美味しい物を食べ、美味い酒を飲むために人は一生懸命働くのじゃ。独りで飲む酒など、飲めば飲むほど、寂しくなるだけじゃ、だから、ワシには永遠と続く命など不要なのじゃ。』


姜文は、何時も思う。

自分の前に座っている赤い顔の狸に似ている男は、酒を飲み酩酊した時に哲学者の様にいい事を言う。


『しかし、徐福様、貴方はよく隠れて寝酒を飲まれておられましたが、其処に矛盾は有りませぬか?。』


『ウグッ。』と徐福は呻いたと思うと、卓上に覆いかぶさり寝たふりをする。

後世の世の日本で、狸寝入りという言葉が生まれるが、その姿は正にその言葉の通りであった様である。


その日の午後、海に食料調達に出かけた者達が喜びの顔で帰って来た。

彼らは、魚や貝を大量に持ち帰ったのであった。

『徐福様、姜文様、此処の海は、正に宝の海でございます。今日は、美味しい魚が食べれますぞ。』と報告した責任者の顔は頼もしく誇らしげであった。


責任者の男が、報告を終えた退室すると、徐福は心配そうな顔をして姜文をみる。

『しまったぁ。霊薬は・・・、ワシの霊薬は未だ残っておるかのう・・・?。』


姜文は、呆れた顔で顔を横にふる、手には殻になった先程の酒瓶があった。

しかしその後、仕方のないように、自分が隠していた酒を出してきたのであった。

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