第16話 詰問

十兵衛は、煕子の様子が突然変化した事に驚いた。

しかし、冷静な十兵衛は表情を変えず、煕子の質問に答える。

『私は、明智十兵衛です。彦太郎ではござらぬ。煕子殿、今日は御様子がおかしいですぞ。幼き頃の思い出に囚われず、今の私と交流して欲しいものですね。幼き頃の私は、もうこの世にはおりませぬ。』

女子おなごといえど、15になった方が、幼子の様に感情的になるのはいかなものか?。』

『せっかく、楽しく囲碁を打っていたのに、興が冷めました。煕子殿、今日貴女はお疲れの様だ。』

『残念だが、今日はこの辺でお開きと致しましょう。』

十兵衛は、そういうと、碁盤の上の碁石を片そうと碁盤の方向に手を伸ばした。


『小指、小指が曲がっておりませぬ。』

煕子は、その行為を制すように、言葉を振り絞る。恐れている事に、なんとか立ち向かおうとしている様に彼女の声は緊張していた。

『彦太郎兄様の手の小指は左右共に、曲がっておりました。碁を打つ貴方の小指はキレイに真っすぐでした。』と煕子は続ける。


言われて、十兵衛は驚いた様に時分の小指を見る。

『・・・・。何を言われる。10年前の記憶が、間違っていたのではないですかな?私の指は、生来このとおり、煕子殿の記憶違いじゃ。』と十兵衛がいう。

その声、態度も、冷静である。もし第三者の者がその場にいても、十兵衛の声から彼の心中は分からず、嘘を言っているとは到底思えないだろう。


『十兵衛様は、木登りが御上手、でも彦太郎兄様は、高い所が怖くて、気が登れなかったわ・・。』


『・・・10年もあれば、自分の苦手な事を克服するのが武士です。』

煕子の二つ目の指摘に、何だ、そんな事か言う様に十兵衛は答える。


『3週間前に、私が待っていた木は、私達が一緒に遊んだ木では無かったわ。』


『・・・・・。』、煕子のたたみかけるような問いかけに、十兵衛は返答する事を止めた。

(この小娘、会って直ぐに、私が従弟の彦太郎では無いと疑っていたのだな・・・。)

(囲碁を私から、習いたいというのも、私の指を観察するためか・・・。)

(幼い小娘と思っていたが、なかなかどうして、・・・したたかな女子じゃ・・。)

(・・どうする、面倒な事になったな、・・・・・・このままでは、お牧や、その息子の正体迄分かってしまう。・・・可哀そうだが、一思いに殺してしまおうか・・)

十兵衛の心の中で、煕子に持っていた好意が冷め、それと同時に冷たい殺意が生まれてきた。

十兵衛は、己の自分の心の変化を相手に気づかせない様に、片手で自分の顔を抑え、もう片方の手で碁盤の端をつかみ、地面をみる様に頭を下げる。


『私の知っている彦太郎兄様は、お酒を一口も飲めば、顔が真っ赤になり大変な事になっていたわ。だけど、今の貴方様の顔は、何時ものまま・・・。』


煕子は、最後に止めを刺す様に言った後、言葉を止める。


『十兵衛様、私は貴方が良い人である事をしっております。貴方様が私に囲碁を教えてくれて、この3週間、本当に楽しかった。最初、貴方様に会った日、感じた距離がどんどん無くなって、だけど、貴方様を近くに感じる様になれば、なるほど、私の中の疑問が大きくなり胸が苦しくなる・・・。貴方は、いったい何者なのですか?私は貴方様の口から真実が知りたいのです。』、気がつけば、煕子は悲しそうに泣いている。


『・・・私が何者か等は、関係無い。明智家と妻木家の為に私達は結婚するのは決まっている事。』

『それで、両家の絆が深まり、皆が幸せになる。それで良いでは無いか、貴方の祝言の相手は、誰でもいい。そんな事些細な事だ。十兵衛でも彦太郎でもその他の者でも・・・。我ら武士の祝言とは、そういうモノだ。』と、不貞腐れた様な十兵衛の言葉は、感情的で何時もの十兵衛らしくない発言であった。


煕子の正直な感情をぶつけられて、隠れていた十兵衛の本音が出てしまった。


『貴方様にとっては、誰でも良くとも、私は誰とでもではないですわ!。馬鹿にしないで!。』と鼻水を垂らしながら、大きな声を出し、号泣しながらも言葉を絞り出す


煕子の声が、周囲に響き、侍女のお登勢がスゴイ剣幕で部屋に戻ってきた。


『煕子様、どうなさいました!十兵衛様が何をしたのですか?。』とお登勢は、煕子に声をかけてはいるが、彼女の目は、十兵衛を睨みつけている。手には、鞘には収まっているが護り刀が握られていた。

十兵衛は、慌てて飛び起き、お登勢と、煕子がいる場所の反対方向に逃げるように移動する。


『お登勢、落ち着いて、私は大丈夫。・・・。』と煕子は辛うじて出した声でお登勢を止める。

その声を聞いて、お登勢は煕子の方に向き直り、守る様に煕子を抱きしめる。


煕子をひととおりあやす様に慰めた後、お登勢は十兵衛を睨みつける様に見上げる。

『十兵衛様、とにかく今日はお引き取りを。』

『姫様が落ち着きましたら、後で貴方様の部屋に私が参ります。その時に落ち着いて話をしましょう。』


十兵衛は、言葉が出ず、立ちつくすのみであった。数秒の間を置き、彼は速やかに二人の部屋を後にしたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る