第13話 朝食の時間

二日目の朝、煕子が向かった朝食の場に十兵衛はいなかった。

朝食の場にいたのは、伯父の光安とその妻タキ、そして幼い嫡男(次男であったが、兄が夭折)岩千代の3人であった。


『煕子殿、昨日は十兵衛と遅くまで、城内を歩き回っていたと聞いたが、疲れてはおらぬか?』

『もし、疲れていたら、部屋に握り飯でも持っていかせるつもりであったが、無理はしておらぬか?。』

心優しい伯父は、優しい声をかけながら、姪っ子の表情を観察する。


『伯父上、お心遣い有難うございます。御心配には及びません。煕子は元気です。』と煕子は笑顔で返答したが、本音を言えば、疲れは抜けておらず、実は寝ていたかったが、何せ、明智城に来て初めての朝食である。何事も最初が肝心であり、一通りこなすまでは、這ってでも参加しなければいけないと、煕子は思っていたのである。


『そうか、なら良いが、十兵衛にも困ったものだ。煕子殿が、長旅で疲れておるのに、来た日に半日以上場内を連れまわすなんて、後でワシがお灸をすえておくのでな・・・許しておくれ。』


『伯父上、十兵衛様に悪気は無かったのだと思います。御蔭様で、こうして食事の場に一人で来れる様になりましたし、私は十兵衛様には感謝しております。』と、煕子はその場を繕うような発言をし、十兵衛の事をフォローしたのであった。

(確かに、私も疲れたけど、十兵衛様自身も疲れた筈だ。昨日、彼の物言いに腹が立った事もあったが、最初から、最後まで口調は変わらず、空腹、費やす時間が長くなる事、外的要因で彼は癇癪を起す事は無かったのである。つまり、結果的に十兵衛は自分にとことん付き合ってくれたんだもの)と煕子は自分に言い聞かせる様に考えていた。

煕子自身、自覚は無かったが、彼女の考え方は性善説に毒されていた。妹の範子曰く、姉煕子は生来のお人好しであり、いくら人に悪く当たられても、その場ではそれなりに怒るが、次の日には、その者の立場になり、考え理解を示してしまう性格なのである。


『貴方、煕子様には今日一日、自分のお部屋で掃除などしながら、ゆっくり過ごしてももらいましょうよ。お昼は、私が煕子様の部屋に料理を持っていくから、二人で食べましょうね。あ、御付きの人の分もいれて3人分持っていくわね。煕子様、それで良いかしら?。』と光安の妻タキが、煕子の身体を第一に考えた提案をし、会話に入って来た。』


『そうじゃな、お前の手料理、いや、明智の味を煕子殿に味わってもらう事が、料理修業の第一歩じゃな、煕子殿、そう言う事なので、今日は一日部屋でユックリ過ごされよ。』と光安は言い、煕子に歯を見せ笑いかけたのであった。


『はい、それではご厚意に甘えさせて頂きます!。』と煕子は二人に宣言し、軽く会釈をした。

『さあ、朝食が冷めないうちに、食べるぞ。』『食べましょう!』と明智夫妻が言い、4人の朝食は始まったのである。


和やかな雰囲気で朝食の時間は過ぎていく。その中で、煕子は素朴な疑問を口に出した。

『ところで、十兵衛様はお食事は共にとらないのですか?』


『あ奴は、朝早くに握り飯を持って、剣の修行へ行くのじゃ。ワシらが朝食をとって一息している頃に戻って来る。寒い日も、暑い日も、関係なく、毎日じゃ、あ奴の真面目さには、ワシでも舌を巻く。』

『亡くなった兄上も真面目な男じゃったが、それ以上じゃ。』


『煕子殿がよければ、午後にでも十兵衛に煕子殿の部屋を訪れさせるが、どうじゃ。』

『昨日は、城内の散策に忙しく、昔話の一つもできなかったのだろ。』


『そうですね、・・・分かりました。伯父上様、十兵衛様に煕子が待っておりますと、お伝え下さい』と煕子は答える。


『おお、そうか、十兵衛もきっと煕子殿とお話がしたい筈じゃ。分った。ワシに任せておけ。』と光安は嬉しそうに言った。


その後、暫く、別の内容で会話が弾む4人。会話に参加していた煕子の脳裏に自然と一つの考えが浮かぶ。和やな朝食の時間が終わり、タキと煕子が二人で後かたづけを始める。

食器を城の調理場へ運び、帰ってきた煕子はお茶を飲んでいる光安に一つの質問をする。

『伯父上、碁盤があれば今日一日、貸して頂きたいのですが、ございますか?。』

『煕子殿、お主、碁が打てるのか?あるぞ、もしよかったら、今度ワシと一局手合わせしようぞ!。』


『いえ、子供の時、父から少し教えてもらった事があるぐらいで、碁が打てると言える程ではございません。』

『まあ、良い。今度、ワシが一つ教えてやるぞ、良し、丁度良い、十兵衛がお主の部屋を訪れる時に持って行かせる。』


姪っ子の思わぬ特技に感心する光安は、煕子の要望を快諾したのであった。


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