第12話 喉に刺さった魚の小骨の様な疑問

明智城での生活が始まった日の夜、煕子は夢を見た。

夢の中の煕子は5歳の女の子であった。10年前、明智城に滞在した時の思い出の夢であった。

『彦太郎兄様、兄様の小指は、どうして曲がっているの??。』

『ひろ子殿は、よく見ているね。僕の指はね、生まれつき曲がっていたんだよ。』

夢の中の彦太郎が、両手の指を力いっぱい広げる。10本のうち、8本の指は第2関節を境に反り返っている。まるで、力いっぱい背伸びをしている人のようである。しかし、両手の小指の2本だけが第2関節を越えても、反り返る事が出来ず重力に引かれ指の先端が地面をみている。

まるで、2本だけ頭を下げている様である。

『お医者様曰く、赤ちゃんの時に何かの問題で栄養が小指迄いていなかったからだって。』


『栄養が、私の指は大丈夫かな??』

『ひろ子殿、僕の様に指をやってごらん。』

『全然、大丈夫、ほら、見てごらん、10本の指が同じ様に反ってるでしょ。』


幼き頃の自分と、彦太郎のやり取りを、彼らの上から見ている夢であった。

(これは、私の夢、それとも、私の記憶。子供の時、こんな事を話した事、あったのかなぁ??。)


(やっぱり、記憶に残ってる彦太郎兄様と、昨日の兄様は全然違く見える。口調、表情が全然優しい、この頃の彦太郎兄様であったら、良かったのに・・・。)と考えていると、身体の近くに人影が近づいてくる気配を感じた。


『煕子様、煕子様、おはようございます。御朝食の時間が参りますので、そろそろ御目覚め下さいませ。』、言葉と同時に体に重みが伝わる。少し、身体が揺すられる。


『お登勢、おはよう、・・・』

『煕子様、おはようございます。そろそろ、身支度を始めないと、朝食の時間が参ります。』

妻木城から、煕子の御付きの侍女としてついて来たお登勢は、優しく煕子に状況を説明しながら起こす。


『姫様、昨日は城中を歩き回り、お疲れだったのか、良くお休みでしたよ。』

『そうなのよ、十兵衛様が、ひどく丁寧に教えて下さるので、・・・地獄だったわ。』

『夢の中では、人の良い彦太郎兄様も、10年経ったら、別人の様になっていた。容姿は変わらないのに、人って分からないわねえ。』


『十兵衛様も、姫様を思って、心を鬼にして教えてくれたんじゃありませんか?。』と人の良いお登勢は何も知らずに、十兵衛のフォローをする。


『あれだけ、教えてもらえれば、もう、城内を一人で歩けるようになったのではないですか?私なんて、この3階の部屋でさえ、未だ把握できてない有様で、姫様が羨ましいですよ。』

『確かに、その部分は感謝してますけどね、教え方がねぇ。』

『叔父(光安)様から、昔話をしながら道案内する様にって言われて置きながら、昔話のムも出てこなかったわ。』

『私の知っている彦太郎兄様が、もう別人のように変わってしまっていて・・・。』

『本当に別人かしら・・・。』


『何を馬鹿な事言っているのですか、馬鹿な事を言わずに、早く着替えて下さい。』

『そうね・・・。ごめんなさい。』


『お登勢、指の形って、大人になると変わるのかしら??』

『子供の時、曲がっていた指が、大人になると、普通になる。』

『そんな事、私には分かりません。・・・姫様、本日はこの帯をお使い下さい。』

そういいながら、お登勢は、緊迫感のない煕子へ急かす様に着物の帯を渡したのであった。


お登勢から渡された帯を使い、着物を締めながら、ボンヤリと昨日の十兵衛を思い出す煕子であった。

別れの挨拶をする十兵衛の姿、頭の前に手を重ねた所作、彼の小指は昔の様に曲がっていたのだろうか?

一日前とは、いえドンドン風化する記憶に、自信の無い自分を自覚しながらも、煕子は喉に刺さった魚の骨の様な疑問を抜きたくなった。小さいが、気になってしょうがない、そんな小骨の様な疑問である。


(昨日の十兵衛様の小指は、どうだったかしら。昔話をしなかったのではなく、昔話をさせたくなかった。・・・なぜなら、彼は彦太郎兄様ではなく、別人だから。・・・考え過ぎよね。)と、思いながらも、好奇心なのか、彼女の中の疑問は、どんどん大きくなっていったのである。


『お登勢、朝食には十兵衛様もご一緒するのかしら??。』

『そんな事、私が分かる訳有りませんよ。はい、着替えが済んだら、お化粧ですよ。』

お登勢は、なかなか自分の思っている様に動いてくれない煕子に少し怒っている様に、ぶっきら棒に答えた。

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