第11話 シゴキの様な道案内

先ず十兵衛は、煕子ひろこの住む予定の部屋まで彼女を案内した。

煕子がより早く屋敷内を覚えれるように、彼女の部屋を開始地点として城内の案内を始めた。

十兵衛の案内は、少し特別であった。特別な部分とは、一度彼が先導し案内した後、一度煕子の部屋迄戻り、今度は煕子に案内させるのである。


案内を開始する前に、十兵衛は煕子に何も事前説明しないので、お客様気分で彼の後についていた煕子は面を食らう結果になった。


『はい、それでは煕子殿が住む3階について案内は此処で終了です。それでは、一度煕子殿の部屋に戻りましょう。』


『ハイ。』と、十兵衛の言う趣旨を理解せず、煕子の部屋に戻る。部屋に戻ると、『それでは、先程案内した松の間まで、行って下さい。私は煕子殿の後からついていきますので・・・。』

『エッ、・・・???。』、突然予期せぬ十兵衛の要望に言葉を失う煕子。


『何をしているのですか?早く私を連れて行って下さい。今、教えたばかりでしょ。』と十兵衛が冷静な口調で続ける。声は怒っていないが、言葉が厳しい。

『スミマセヌ。』と言うと、煕子は自信の無い記憶を頼りに、廊下に出て左側へ向かう。

(やばい、緊張していたせいか、今の言葉に驚いてしまって、教えてもらった場所が、・・・頭が真っ白になっちゃった。)


とにかく、相手に厳しく言われない為に、動き出す事を選択した煕子は、左へ曲がり、廊下を歩こうとした矢先、後ろから十兵衛が、『松の間は、右です。左ではありません。』

『私の案内の仕方が悪いのかもしれませんが、煕子殿も真剣に聞いて下さいね。私も時間を無駄に浪費したくないので、宜しくお願い致します。』と続ける。


『ハイ、申し訳ございません。』と煕子は反射的に謝ってはいたが、一つの感情が心の中に浮かん出来ていた。(なんだ、コイツ・・・・。この態度ムカつくわ。初めて教わって、直ぐにできるわけないじゃない。)


『それでは、もう一度、私が先導して案内するので、煕子殿、心してついてきてくださいね。』と十兵衛はヤレヤレと呆れた様子で再び煕子の前に立ち、最初から3階の案内を始める。


自分に対する怒りなのか、十兵衛に対する怒りなのか分からないが、煕子は怒りを力に変え、スゴイ集中力で十兵衛の案内を聞き始めた。が、当然、その後も何度か道案内できず、十兵衛の厳しい言葉で悔しい思いをした。しかし、十兵衛の鬼軍曹の様なシゴキ(道案内)と、煕子の努力の甲斐もあって、その日のうちに、明智城の8割ぐらいの場所に煕子は一人で行ける様になったのである。


十兵衛が、煕子へ屋敷内を案内し終わった頃には日が暮れていた。

一日中、屋敷内を歩き回っている煕子に、城内の者達から好奇な目を向けられていたが、同行している十兵衛をみて、誰もが同情の眼差しを向ける。そんな、変化を見て煕子自身、十兵衛という男の明智城での立ち位置を何となく理解したのであった。


『煕子殿、今日はお疲れ様でした。初日から、大変だったと思いますが、私も大変でした。今日から宜しくお願いしますね。今後も何か、あったら私に気軽に聞いて下さい。』と十兵衛は、最後に畳に正座し、両手を頭の前で重ね、頭を畳につけるように挨拶をして煕子の部屋を退出していった。

その所作は、正に模範演技の様に美しかった。


しかし、その美しさは煕子には届かなかった。一日中イビラレ続けた者の心はすさんでいたのである。


しかし、早く十兵衛から離れたいという思いが、優先し、煕子も十兵衛と同じように頭を下げ、『本日は、お忙しい所、丁寧に案内して下さって有難うございました。もう、出て・・、いえ、もう遅いので十兵衛様もお早くお部屋へお戻りください。』と言葉を返す。

(危ない、もう少しで、本音が出るところだったわ。)


煕子の心の内を知ったかの様に、十兵衛は、クスリと笑い、煕子の部屋を退出した。


十兵衛の気配が遠くへ行き、完全に消えた後、煕子は自分の城から持って来た枕を籠から出し、立った状態で畳に思い切り、ぶつける。枕を怒りの捌け口にしたのである。


枕立てが、変な角度で畳に当たった為、煕子の足元に向かって枕が弾み、そしてぶつかる。

『痛い。』咄嗟に、足を抑える煕子であったが、痛みがどんどん大きくなる。


『無理、無理、無理、父上、あの人だけは無理、絶対無理。』と煕子は、叫びたい声を抑えがた、心の叫びを抑える事が出来ずに、独り言を言った。


足の痛みが、十兵衛への嫌悪感、自分から出る拒否反応の様に感じた、明智城訪問初日の夜であった。

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