第10話 初対面

煕子が明智城へ到着すると、直ぐに伯父である明智光安の待つ部屋に呼ばれた。

光安は煕子を温かく迎えてくれた。叔父の明智家は親戚であるのだから自分の家の様に遠慮せず過ごして欲しいという言葉に、嘘は無かったが、親戚といっても、10年振りに訪れた場所である。

そもそも、子供の時には分別が無かったが、15にもなると、それなりに分別を教えられている。

緊張しない訳が無いのである。


煕子の中では、初めて大人として扱われいる状況であり、大人として恥ずかしくない行動をする事を求められている。周囲の者というより、彼女自信が必要以上にそれを意識し、その為彼女はものすごく緊張していたのである。


『煕子殿、そんなに緊張するでない、しなくて良いのじゃ。そうじゃ、煕子殿は、幼き頃この城に来た事があったのう。その時、十兵衛が煕子殿の遊び相手をしていたな、今日、あ奴も、城におるので、呼んでやろう。』と、叔父光安は甥っ子の十兵衛を探しに行く様に小姓へ命じたのである。


緊張する煕子を落ち着かせる為の行動なのか、それとも元々用意された台本であったのか分からないが、父から十兵衛殿との縁談の話を聞いていた煕子には、叔父光安の行動が演技の様に見えた。叔父は名優ではなくダイコンの方であったが、その演技がダイコンであればダイコンであるほど、叔父の人の良さが煕子に十分伝わったのである。


暫くすると、襖の外から青年の声が聞こえた。 

『叔父上、お呼びですか?十兵衛参りました。』

『お、十兵衛参ったか、入れ!!』


光安が入室の許可を出すと、一人の青年が部屋に入って来た。

『十兵衛、お主も知っておろう。妻木広忠殿の娘、従妹の煕子殿じゃ。』

『此度、花嫁修業、・・・いや、料理修業の為、今日から一ヵ月明智城で寝食を共にする。』

『幼き頃、一緒に遊んだ仲じゃろ、覚えているか?』

光安が、そう言い終わると、青年は、促される様に、横を向き煕子に向き合う。


『煕子殿、お久しぶりでござる。従弟の明智十兵衛でございます。』

挨拶をする様に、その場で浅く頭を下げ、煕子の顔を見上げる。

『え、・・・彦太郎兄様、そのお顔は・・・。』

十兵衛の顔を見た瞬間に、煕子が驚いて声をあげる。


幼き時の煕子の、微かな記憶の中にある、ほぼそのままの面影が其処にはあったのである。

『煕子殿、どうされた、十兵衛の顔に、何かついておるのか?』と光安が、煕子の言葉に反応する。


『・・・・・・、彦太郎、いえ、十兵衛様の顔が、容姿が、幼き頃にみた姿とお変わりなく、若すぎるので、ビックリしてしまって。確か、当時彦太郎兄様は、15歳ぐらいだったと思うのですが、10年経った今、全くお変わりがなく・・・。』と、煕子は自分の心の中を素直に口に出してしまったのである。


煕子の前に立つ十兵衛の歳は、父広忠から25歳と聞いていた。しかし、煕子の前に座る十兵衛の顔、容姿は、どう見ても20歳以下である。煕子と同い年には見えないが、ほぼ同年代の顔つきである。18歳ぐらいの顔つきである。10歳上の従兄と会うつもりが、記憶のままの姿で出てこられて、煕子は驚き、戸惑ってしまったのであった。


『スミマセヌ、挨拶が遅れました。妻木煕子でございます。彦太郎兄様、いえ、十兵衛様、お久しぶりでございます。これから一か月間、お世話になります。宜しくお願い致します。』と煕子は言い、十兵衛に対し頭を下げたのであった。


『私は、父に似ず、母に似たのか、顔立ちが幼く、何時も年下にみられる。これでも25歳なのだ。』

十兵衛は、困った様な顔をして答える。その様子からも、本人が何時も避けている話題である事が煕子にも分かった。

『そうじゃ、そうじゃ、義姉上、十兵衛の母御も若く見えたのう。』と光安もフォローするように話に相槌のような言葉を入れる。


『十兵衛、十年前に煕子殿がこの城に来た時、一緒に遊んだ事、覚えているじゃろ、煕子殿と昔話をしながら、城の中を案内せよ。今日1日は、お主が煕子殿のお世話をするのじゃ。』


『ハッ!私で宜しければ、謹んでお受けいたします。』と十兵衛は答える。


煕子は、十兵衛の言葉を横で聞いていたが、違和感を感じていた。

十兵衛の顔は無表情であり、機械的な物言い、まるで人形の様に見えたのである。

幼い時の記憶では、彦太郎は優しく、時には泣き出すような時も有り、感情が豊かな少年であった。

しかし、目の前にいる青年は、どこか暗く、感情を出さない男に見えたのである。


顔は、変わっていないが、人柄が大きく変わられた。煕子が十兵衛に会って初めて感じた感情は、そんな思いであった。


光安に半ば強引に部屋を出された二人。

『それでは、此方へ。』と十兵衛は、煕子を先導するように彼女の少し前を歩き始めたのであった。

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