第8話 失踪事件
535年の年の暮に、美濃の国にて一つの事件が起こる。
明智城の元城主明智光綱の正妻お牧の方と、その嫡男彦太郎が失踪したのである。
城主明智光安は、直ぐに家来達に二人の捜索を命令したのであるが二人は見つからなかった。
二人と関わりのある者達は、何一つ知らず、思い当たりもないとの事で、まるで神隠しに会った様に二人は消えてしまったのであった。
失踪後、様々な憶測と噂が城内に流れた。
その中で信憑性が高く皆に皆に受け入れられた噂の内容は下記の通りである。
元々お牧の方と光綱の実母、つまりお牧の方にとっては姑である是空院との折り合いが悪く、明智光綱が存命の時から仲が悪かった。
その二人の関係を、何とか保っていたのが光綱の存在であったが、彼が無念の死を遂げた後、姑である是空院は息子の死を彼女が原因であると逆恨みし、会う度にお牧の方に恨み言をぶつけた。その言われのない仕打ちに、お牧の方が耐えられなくなり、是空院への腹いせに息子を連れて若狭国の実家へ逃げたのだというモノである。
明智光安の耳にも、その噂は入っていたが、お牧の方の実家、若狭国武田家は守護大名である。
家格的にも明智家よりも格上であり確認できるわけはなく、むしろ知られてはならない事であった。
光安は、主家である土岐家や、直属の上司である長井家にも伝える事が出来ず、いつその事実が明るみにでるかと、生きている心地がしない時間を過ごしたのである。
その緊張の日々は、それ程長くは続かなかった。
失踪から一週間後、剃髪し尼となったお牧の方が、彦太郎を連れて明智城へ戻って来たのである。
明智光安は二人が戻った事にとにかく安堵した。
失踪した時間が、それほど長くなかった事、そして尼の姿で戻ってきた義姉の心中も察し、それほどは責めなかった。
失踪の期間、何処で何をしていたのかと、事実確認をする様に二人と話したのである。
『義姉上、心配致しましたぞ、とにかく御二人が無事に帰ってこられて安堵致しました。この一週間、どうされていたか、御聞かせくだされ。』
と、光安は、責めるような口調ではなく、お牧の方の目をみて尋ねた。
『光安様、申し訳ございませぬ。亡き光綱様を思う日々を過ごす中で、尼になり今後は、光綱様の墓石を供養していきたいと思い、誰かに相談すれば止められる事もあるかと、彦太郎に、その旨を相談したところ、私を心配してついて来ると強く言われ・・・、ご心配をお掛けして、本当に申し訳ございません。』と言うと、お牧の方は畳に両手をつき深く頭を下げたのである。
『此度の責任をとり、私はこの城より出たいと思っております。誠に勝手ながら、光綱様の嫡男彦太郎だけは、以前のままこのお城において頂ければと・・。』と、お牧の方は頭を下げながら、光安の慈悲に縋る様に、お願いをする。
母お牧の方が、そういうと、横に座っていた彦太郎も畳に両手をつき頭を下げる。
光安は、甥っ子のその時の仕草に何となく違和感を感じた。どこか、何時もの彦太郎とは違う感じがしたのである。
『彦太郎、お主の母様は、少し気が動転しておる。お主からも言ってやれ、今迄どおり、この明智城で共に暮らしましょうと・・。』
光安は、その場の雰囲気を和らげるために、甥っ子を会話に招き入れようとした。
未だ、元服前の彦太郎であれば、母を引き留めるであろうと、そう思った判断であった。
しかし、そんな叔父の思惑通りにはならなかった。まだまだ幼さが残る甥っ子は、大きな声で母の意思を尊重する言葉を述べたのである。
『叔父上様、母上の意思は固く、私が何をいっても無理でございます。此処は、母上の希望をどうか聞いてくださいませ。』
『私は、明智家を支えられる男になれる様にこれから努力致しますので、どうかこの家において下さいませ!。』
『彦太郎、お主、何時からそんな立派な事が言えるようになったのじゃ。』と、光安は驚きの声をあげる。
『彦太郎、面をあげて見せてみろ。』
15歳の筈の甥っ子の顔は、16,17歳の様に見えたのである。
『ハイ!。』と答え、顔を上げた彦太郎の顔は、光安の知っている幼さが消えていた。今迄、見慣れていた甥っ子の顔が、かなり変わっていた。
急に大人になったような、光安は、自分が甥っ子に感じた違和感の正体に気がついた。面影や声はそのままである。
『義姉上、ワシの思い過ごしか?彦太郎、大きくなっていないですか?』と光安は、自分の感じた違和感を、お牧の方に確認する様に聞いた。
『そんな事はございませぬ。しいていうなれば、光綱様の死が息子彦太郎の気持ちを変えたのではないかと・・。』
お牧の方が、強く否定するので、光安も自分の勘違いだと、自分の中の感情を打ち消した。
3人の会話は、一時間ぐらいで終わる。結局、お牧の方の気持ちを変える事が出来なかった光安であった。
お牧の方は、それから3日ほど明智城へ留まったが、美濃国の寺に行ってしまったのである。
当然、聡明な彼女は三日間の間にお世話になった者達に挨拶をし、城内の悪しき噂話をきちんと消した後、旅立ったのである。
城に残った彦太郎は、その翌年元服し、明智十兵衛と名乗る事になる。
城へ戻った彼を、叔父光安は時期城主として英才教育を施す。十兵衛の利発さは群を抜いていて、叔父も将来の明智家は十兵衛に任せられると期待したのであった。
しかし、戻ってきた十兵衛には一つ奇妙な事があった。戻ってきた日から10年が経っても、彼の容姿はそれほど変わらなかったのである。
何時までも、童顔の彼を、皆は不思議がった。
明智城の若君は、人魚の肉を食べ、永遠の若さを得たのでは無いか、そんな事を噂する者も現れていた。
十兵衛と
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