第7話 徐福と姜文【4】(最初の奇跡)

徐福は、城へ着くと、風呂へ入れられ、用意された服を着せられる。


玉座のある一室へ通されたのは、昼時が過ぎた頃であった。。


始皇帝より先に入り、玉座からかなり離れた位置に座らされ、ひれ伏したまま暫く待っていると、大勢の者達が入ってくる。


頭を下げたままなので、何名人が入って来たかも分からない。


部屋に入って来た者達が、粛々と自分達の立つ位置へ移動する。言葉は無い。


その者達の呼吸が音の無い世界をほんのひと時にぎやかにする。




静寂が戻り、その時間が何時まで続くのかと、徐福が考え始めた時、静寂を破り声が聞こえた。


『始皇帝様のおなりである。始皇帝様のおなりである。』


その声の後、ゆっくりと歩いて一人部屋に入ってくる。その者の後ろには、数名の者が小走りについてくる。


(地面に、皇帝の着物がつかない様に、後ろから着物を持っている者だろうか・・・。)


徐福は、見る事を許されない頭上の状況を、耳から入ってくる情報で少しでも感じ取ろうと努力をする。


皇帝が、部屋に入ってくると明らかに、空気が変わった。息がつまる空気、恐怖を感じながら、それを必死に隠そうとする者達が作り出す静寂である。


(此処にいる総ての者が始皇帝を恐れている・・・ワシもじゃが。)


徐福は、そんな事を思いながらも、不思議と気持ちは落ち着いていて、冷静であった。




『徐福と言う者、大王様がお尋ねである。お主は仙人なのか?。』と突然、頭上から質問をされる。


徐福は、ひれ伏したまま答える。


『未だ、仙人にはなれておりませぬ、修業はしておりますが、志半ばと申しましょうか・・。仙人とはそれ程簡単になれる者ではございませぬ。』




徐福が答えると、暫く間を置き、声が聞こえてくる。


『大王様がお尋ねである。お主、志半ばと申したな。今迄修業したのであれば、修業で身につけた法術を見せよ。』


『何も、出来ないのであれば、お主は大王様に嘘をついた事になる。その罪は重く、死を持って償ってもらう事になる。』


『申せ、お主、何ができる。』




(姜文が忠告してくれたとおりの状況じゃな、あの忠告が無ければ、ワシはこの場で何も言えず、終わっていたな・・。)


『何も申せぬか?申せねば、死罪だぞ。』


『‥‥法術ではりませんが、祈祷する事で雨を降らす事ができまする。』




徐福が、答えると、一瞬部屋の者達の中から、驚きの声が漏れる。


外は晴天である。誰もが、そんな事ができるのかという好奇の声をあげる。


部屋の者達が騒めく中、質問していた男の声が響く。


『それでは、大王様に、その祈祷をお見せするのじゃ。直ぐに準備をいたせ!!。』


『御意、しかし、祈祷には時間がかかります。護摩を焚き、祈祷するのに、かなりの時間がかかります。』


徐福の答えを聞き、質問する男が始皇帝の意を確認する為に、始皇帝の方へ近寄る。


『どれくらいかかるのじゃ??必要な時間を申せ!。』と、始皇帝から何かの指示をうけた男が時間を確認する。


『半日は、かかります。』と徐福は、落ち着いた雰囲気で答える。


『駄目じゃ、大王様の時間は貴重なのじゃ、そんなには待てん。これから、日が落ちる迄に雨を降らせなければ、お主を殺す。』


徐福の落ち着きが、気に食わないのか、男の最後の殺すという言葉は、一番大きく、部屋中に響いた。




『私は、既に死ぬ覚悟でございます。半日待てないのであれば、祈祷をみる必要はございませぬ、どうか此処でワシを殺して下され。』


徐福は、死の覚悟を決め、大きな声で言い放つ。どうせ、殺される身、最後の意地を見せたつもりであった。




『お主が、大王様の命令を聞かないのであれば、この者も、お主と共に殺すぞ・・・。』


『徐福様、スミマセヌ。』と、聞きなれた声に徐福の背筋が凍った。


顔を上げれない中、姜文の声だけが耳に入った。


『最後の確認だ、祈祷するか、それとも死を選ぶか?』


男の声は、低く聞こえづらかった。しかし、それは最終勧告であるという事は、徐福にも分かった。


『分かりました。直ぐに祈祷を始めます。』と徐福は直ぐに答え、観念したのであった。




外に出て、祈祷を始める事になった。空は雲が出てきていたが、朝と変わらず青空のままであり、雨の降る気配は無かった。


徐福が祈祷する前には、姜文が両腕を縄で縛られた状態で座らされている。姜文の後ろには、剣を持った兵士が一人立っている。


雨が降らなければ、姜文を切るという脅しの元、祈祷は行われた。


祈祷が始まり、1時間が経っても、天候は変わる気配が無かった。周囲の者が祈祷を見守る事を厭き始めた時、徐福は兵士に頼み、自分の左手の人指し指を一本切断すると、護摩を焚く火にくべたのであった。当然、切断された手から、大量の血が落ちる。


徐福は、自分の来ている着物を破き、その布を傷口に巻いて止血する。止血しながら、呪文を唱える徐福の様子は異様ではあったが、その気迫の凄みが周りの者に伝わる。




その行為が、その場の雰囲気を再度緊張させる。


すると、徐福の気合が天に伝わったのか、だんだん風が出てきて、その風が大きな雨雲を運んで来たのである。






気がつくと、太陽は雲に隠れ辺りは薄暗くなっていた。


2時間近く、呪文を唱え続けた徐福の声が、枯れていた。言葉に聞こえていた徐福の声が、言葉ではなく、ただの呻き声になった頃、姜文の首筋に、ポツリと雨が落ちてきた。




それは、正に徐福の悲痛な祈りが天に通じ、天が流した涙の様な雨だった。


姜文がみた、徐福が起こした最初の奇跡であった。




雨が降るのを確認した始皇帝は、周りの者が止めるのを、ふりはらい、驚喜しながら二人の前に身を現した。


『朕が不老不死になれると、天が伝えに来たのじゃ、天は、朕をこの世の永遠の支配者と認めたのじゃぁ!!。』


その声と、狂気の目を徐福と姜文は生涯2度と忘れる事は無かったという。




雨を見事降らした徐福を、始皇帝は信用し、自分の長年の夢である不老不死の神薬の捜索を命令したのであった。


この日から10年間、二人は無理矢理始皇帝の狂気の夢に付き合わされる事になる。


10年の悪戦苦闘の日々の結果、二人はこの残虐な王に愛想を尽かし、海外への逃亡をはかる。




『徐福様、蓬莱山とはかくも美しい山だったのですな。』と姜文がだんだん近づいてくる山を見ながらしみじみと呟く。


『嘘が真になってしまった。ワシは、もしかして本物の仙人だったのかもな。』と、徐福もしみじみと同意するように言う。


『姜文、ワシはこの地で、王になるぞ。民を大事にし、民から愛される王じゃ。あの狂った王の様には絶対にならん。』


そう言うと、徐福は人差し指の無い左拳を太陽に向けてつき上げる。




『どこまでも御供致します。』と姜文は、両手の拳を胸の前で重ね、永遠の忠誠を誓う様に膝をついたのであった。

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