第6話 徐福と姜文【3】(徐福の告白)

未だ日が昇る前に、徐福は目覚めた。目覚めた後、自分の背中にかけられた布団に気づく。

(優しい子じゃ。こんな子をワシの運命に巻き込むわけにはいかぬなぁ・・・。)




徐福は、皇帝との拝謁は一人で行くつもりであった。


皇帝に拝謁し、自分が仙人でないと判断されて、どうなろうともどうでもいいのである。


20年前に父を殺され、命からがら逃げたあの日に死んでいたと思えば、この年まで生きてこれただけで幸せだったと自分に言い聞かせていた。




昨日の夜、姜文の思いがけない提案を聞いた時、徐福の本心は嬉しかったのである。


山奥で独り寂しく死ぬ運命だった自分を、一人でも心配してくれる者がいる、その事が嬉しかった。


しかし、姜文と共に逃げ、捕まってしまえば、姜文も同罪になってしまう。


自分一人が死ぬのは構わない。ただ、姜文にだけは生きて欲しい。それが徐福の偽りの無い本心であった。




徐福の目は、暗い部屋に徐々に慣れ、姜文が窓の横で寝息を立てている事に気づいた。


徐福は、姜文が起きない様に、慎重に自分にかけられた布団を姜文に被せる。




しかし徐福の努力の甲斐もなく、徐福の気配に気づいた姜文は目を開いた。


『徐、徐福様、昨日ずっと考えたのですが、大王を驚かせる事はできませぬか?。大王が神通力と勘違いすれば良いのです。』




徐福の顔を見ると、姜文は堰を切ったように思っていた事を伝える。それは、正に夢で見た内容を忘れてしまう前に必死に親に伝える少年の様であった。




『・・・姜文、有難うな。ワシを心配してくれて。』


『お主の言う通り、ワシは医術をすこしかじっただけの只の人間だ。』


『10年間、神仙思想を研究しながら、一心不乱に修業はしたが何も身につかなった。ワシの修業方法が悪かったのか、それとも仙人になれる人間とは、生まれた時に決まっているのか。とにかくワシは仙人にはなれなかったのだ。』


『10年前、山奥でケガ人と出会い、山の下に住む人々との交流が始まった。その交流は、楽しかった。何より嬉しかった。ワシという存在を、別の人が知ってくれる。覚えてくれている事が分かる事だけで本当に嬉しかったのじゃ。』


『山奥で仙人になり、孤独に生きるより、人と交流し、人として生きれた10年間、その結果、お主にも会えた。ワシは、それだけで満足じゃ。』


『皇帝が、今日ワシに何を要求してきても、出来ない事は出来ない、それを言いに行くだけじゃよ。』


『姜文、今日ワシは一人で皇帝に会いに行く。お主とは、此処でお別れじゃ。この都で人として元気に強く生きていくのじゃぞ。』


徐福は、語り終わると小さい姜文を強く抱きしめたのであった。




『徐福様、諦めないで下さい。諦めたら駄目です。何か一つでも、できる事を見つけてください・・・・。』


そう言いながら、姜文は堪らず泣き出してしまう。


『姜文、泣くな。少し早いが朝飯でも食べに行こう。昨日、使者の者が少し銭をくれた。最後に一緒に美味い物でも食べよう。』




気がつけば、日が昇り、外が明るくなっていた。


姜文が落ち着くのを待って、二人は外に出て、やっている屋台に入り朝食をとったのである。


外は、雲ひとつ無い晴天であった。




徐福は見つけた屋台の店主に、二人分の饅頭マントウと豆乳を頼む。


外には、それほど清潔ではない机と椅子が無秩序に置かれている。姜文が、その中で一番マシな机と椅子を選び其処に座る。


徐福が二人分の食事を持ち、姜文の用意した机に向かう。


持っていた饅頭と豆乳が入った椀を机の中心に置くと、徐福は姜文と顔が向き合える様にに反対方向に座った。




姜文の顔を見ると、やはり表情は暗く、元気がない。


徐福は、そんな姜文の気持ちを変えるべく、近くにいた猫を指さし姜文に話しかけた。


『姜文、お主、猫が顔を洗っていたら雨が降るという事を知っておるか?。』


『あ奴、今顔を洗っておったぞ、今日は雨かもしれぬ。ハッハッハ。』




姜文は、徐福の話題に反応するかのように、空を見る。


『徐福様、空には雲一つ有りません。そんなワケ無いと思います。』




『そう、思うじゃろ。だがな、ワシの勘でも今日は雨が降る。』


姜文の反応と表情の変化に、少し満足した様に徐福は自信満々に言った。


『だてに20年も山奥におると、なんとなく分かるのじゃ。雨の匂いというか、気配と言うか。体感的に感じるのじゃ。』




『ワシの勘は当たるぞ、3回に2回はあたる・・・・いや言い過ぎじゃな、2回に1回じゃな。しかし、今日は猫もお墨付きをくれておる。今日は絶対に雨になる。』


『神仙の法術にも、雨を降らす術があるが、ワシには必要ないのじゃ・・・ガッハッハッハ』と、徐福は豪快に笑うと、椀の中に入った豆乳を一口飲んだ。




『・・・・・。』、姜文は口に手をやり、何かを考えている。


『徐福様、それ、使えませぬか。皇帝に力を見せよと言われたら、雨を降らすと、言えるのではないですか・・・。』




『・・・・。』、姜文の言葉を聞き、直ぐには理解できず、沈黙をした徐福であったが、暫く考えた後、表情が変わる。


『使えるかもしれん・・・。』


『・・・・・・しかし、姜文、スマヌ、・・・ワシの勘は3回に1回かもしれぬ。』と最後に自信なく呟く徐福であった。




姜文は、徐福の告白に、言葉が出ず、呆れた顔で雲一つない空を見上げたのであった。




朝食を終え、部屋に戻り身支度を整えると、それを見ていたかのように、城から迎えの使者と数名の兵士が来た。


徐福は、姜文に別れの言葉をかけ、馬に乗り城へ向かった。


徐福を見送り、姿が視界から消えても姜文は暫く、姿が消えた方角を眺めていた。


姜文は、部屋に戻った後、自分の身支度を始めた。身支度を終え、部屋を出ようとした時に、2名の兵士が目の前に現れる。


『お前も連れて来いと、皇帝様の命令じゃ、逃げる事は許さぬ!。』と一人の兵士が怒鳴る様に言う。


二人の表情、雰囲気に自分の未来に危機が迫る事を感じとる姜文であった。




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