第5話 徐福と姜文【2】(少年従者の本音)
秦の都から来た使者は、10人の兵士と共にやって来た。
彼らの要望は、自分達と共に咸陽かんように参り、皇帝嬴政に拝謁して欲しいとの事であった。
使者の者の言葉は、礼儀もあり、高圧な物言いでは無かったが、後ろには帯刀した兵士達が同席しており、まるで感情を持たない人形の様に無機質な冷たい眼差しで徐福を見ている。
(多分、ワシが初めてでは無い・・・、こ奴ら、もしワシが断ったら、ワシを切り殺す様に命令されているな・・。)
(この兵士達は、もしワシが断ったら、躊躇なくワシを殺すのだろうな、彼らの目を見れば分かる。彼らはワシを同じ世界の人間として見ていない。どれだけの者達を、殺めれば、彼らの様な目になるのだろう・・・。この状況でできる選択は一つしかない。)
徐福は、使者の言葉を聞いている時に、冷静に自分の置かれた状況を分析し、把握したのである。
使いの者が言葉を終えると、徐福は少し間を置き、落ち着いた様子で返答した。
『やはり、そうでしたか。大王様のご要望であれば、参りましょう。』
『出発は、明日の朝で宜しいか?大王様と拝謁する為に、ワシも失礼の無いように準備が必要なので・・・。』
徐福の返答を聞いた使者は、後ろの兵達の責任者の顔を見る。その者が、考えた様子になり、その後頷いたので、事は決まった。
使者の者と、兵士達は、徐福の家の近くで野営し、翌日の朝再び迎えに来ると言葉を残し、去っていった。
使者たちが去った後、緊張から解放された徐福は家の中で力なくへたり込んだ。
生命の危機を感じながら、それを隠し、平然と振舞う事は彼を著しく消耗させていたのである。
暫くして、徐福は再び立ち上がり、水瓶に入っていた酒をお椀ですくいあげ、勢いよくあおった。
酒が通った体内が熱くなる。その熱さが、徐福に気力を取り戻させる。
『姜文、姜文、こっちに来れるか?』と、徐福は奥の部屋にいる筈の少年を呼ぶ。
呼ばれた姜文が小走りに徐福の元へやってくる。
徐福は、自分の傍にきた姜文の頭を撫でながら優しく話しかける。
『姜文よ、スマヌ、せっかくお主と暮らし始めたのに、ワシは明日この家を出て行く事になってしまった。』
『お主も、聞いていたと思うが、ワシは明日、咸陽に行かなければならない。・・・多分、戻っては来れまい。』
『この家にある、食料はお主に総て残すので、それを食べ終わったら、近くの村に行き、そこで暮らしなさい。』
姜文に、徐福の心が伝わったのか、少年は涙を流しながら首を振って嫌がった。
『・・・徐福様、僕も一緒に連れて行って下さい。何でもやりますので・・・。』と、少年は鼻水を啜りながら徐福へ懇願する。
『ワシについてくれば、お主を危険に巻き込む事になる。それは出来ぬ。』と徐福は優しく諭す。
しかし、姜文は引かない。
『此処に残っても、同じです。』
長い押し問答の末、徐福がおれる。(咸陽の都で、この子と別れる方が、この子の未来が開けるかもしれないな・・。)
徐福は、不安を抱えながらも姜文を従者として同行させる事を決断したのである。
翌日の朝、二人は使者の者達と咸陽へ向け旅立ったのである。
二人には、一頭の馬が与えられ、その馬に乗り3日をかけ、咸陽に到着する。
咸陽に到着した日は、二人には都の宿屋の一室が与えられ、翌日城へあがり皇帝と拝謁する事になる。
夜、二人で食事をしていると姜文が斉の国の言葉を使い、真剣な顔で徐福へ一つの事を提案する。
『徐福様、一緒に逃げましょう!。今晩しか、機会はありません。』
徐福は驚いて、食べていたスープを吐き出してしまう。
『馬鹿な事を言うでない、此処は都だぞ、直ぐに追手を出され捕まってしまう。』
『明日、大王と拝謁しても、同じです。今晩逃げた方が、生き延びれる可能性があります。』
『多分、明日、大王は徐福様に、仙人としての実力を見せろと言う筈です。徐福様は、何か見せる秘術はありますか?。』
『秘術を見せれなければ、偽物として、罪を問われ、殺されます。』と姜文は、静かに冷静に徐福へ伝える。
(??。仙人の証明、・・・確かに、一理ある。ワシは、一度も自分が仙人とは言っていないが、使者たちがワシを酒仙と呼ぶ。)
(盲点じゃった。・・ワシは、大王が何の依頼をしてくるかという事ばかり考えていたが、そうだ、先ずはワシに依頼を頼む力があるかを試す・・当然じゃ。)
徐福は、無言で考える。姜文の視線を感じ、一旦思考を止め、気づいた。姜文が、幼い顔ながら呆れた様な顔をしている。
『何じゃ、姜文、その目は、そんな事分かっておる。分かっておる。』と、心を見透かされた焦りから、徐福は声を大きくする。
『徐福様、使っている言葉は斉の国の言葉なれど、お声が大きいです。もしかして、聞かれているかもしれませんので、ご注意を!。』と、姜文は静かに言う。
『おお、スマヌ。』と徐福は的を得た指摘に、咄嗟に自分の非を認め謝る。
(なんじゃ、姜文とワシが逆では無いか。コイツ、本当に少年か??迂闊にも少し、腹が立ってしまった。)
『姜文、お主は、ワシを仙人と思っていないのか?、まるでワシが自分を仙人と証明できない前提で、逃げよう等と・・。』
徐福が、少し感情的に姜文に聞くと、少年は申し訳なさそうに答えた。
『徐福様は、人が良くて、腕の良いお医者様でございますが、・・・仙人ではないと思います。』
『ワシだって、神仙学に沿って20年も修業をしておる身、神通力もついて来ておるはずじゃ。』と姜文の正直な感想で自尊心を気づつけられた徐福の声が大きくなる。
『徐福様、お声が・・。』
姜文の指摘に今度は、徐福は謝らず、止まらず大声で宣言する。
『ワシは逃げぬぞ、絶対に明日、大王に会って、その場でワシが仙人である事を見せてやる。』
徐福は、そう言うと、卓上に置かれた小さい樽に入った酒を豪快に一気に飲み干した。
その後、姜文に見せつけるかのよう、お経みたいなものを唱えだしたり、蠟燭の火に、両手で気功を出す動作をし始める。蝋燭の火は、徐福が勢いよく両手を振ると、その風でほんの少し動く。
やっている本人は真剣だが、みている姜文は居た堪れない気持ちでそれを見守る。
徐福は奮闘の挙句に酒の酔いが回り、暫くすると卓上にもたれ寝入ってしまった。
姜文は、自分の話の持っていき方の不味さが最悪の結果をもたらした事を反省し、暫く呆然としていたが、気を取り直すと、寝床にあった布団を酔いつぶれた徐福の背中からかけ、窓から見える星空を見上げた。その表情は真剣で、彼はその夜一晩中何かを考えていた。
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