ステフの物語4
その日、僕達3人はグラントの部屋にいた。
(まだ一緒に暮らしてるわけじゃない?ああ、リサは訓練中、なんだよね…)
僕は部屋の中を見て、思った。
あらたまった雰囲気の中、
「ステフ。実は、僕達は…」
グラントは言いかけて、そこで止まる。
リサはグラントをチラリと見て、代わりに、
「私達、婚約しました!と、言っても、実際に正式なパートナーとなるのは、まだだいぶ先のことになりそうなんですけど」
グラントは黙ってコクコクうなずくのみで、見ていて可笑しくて、
「おめでとう!リサ。グラントも。良かったぁ」
僕は心から言ったのだ。
「いろいろありがとう、ステフ」
グラントの言葉に、リサが小首をかしげたので、僕は言った。
「ふたりの仲がなかなか進展しないので、心配でした」
「えぇっ?どこまで知ってるんですか?」
彼女は赤面して、そう言った。
ふたりはキッチンで仲良く準備しているらしく、その会話がかすかに聞こえる。
リサが、グラントを「ユーリ」と呼んでいた。
僕はその名前で呼んでいた人を知っている。グラントはもうその名前を使わないと思っていた。
(ああ、そうなんだ…)
僕の胸の中に温かいものがあふれた。
グラントが席を外して片付けをしているとき、僕はリサとふたりで話すことができた。
「君はグラントのことをユーリって呼んでるの?」
「あ、聞こえちゃいました?ふたりだけのときって約束なんで、すみません!内緒にしてください」リサは顔の前で両手を合わせた。「ステフさんの話は、私もいつも伺っていて、身内みたいな気がして、ついやっちゃいました」
リサは小さく舌を出した。
「グラントは僕のこと、何て言ってたの?」
「え?」彼女は正直だった。まじめな顔になると、「あなたは…自分を大切にしている人。そして、周りの人達の気持ちを大切にできる人。大事な友達のひとり。そう言っていました」
僕は目を閉じて、ひとつ息を吸った。
僕も伝えておかなければと思った。きっとグラントは言わないだろうから。
「リサ」
「はい」
「グラントのミドルネームはユリウスだよね。ユーリと呼んでいたのは、彼のお母さんと妹さんのふたりだけだったから、今はそう呼んでくれる人は誰もいなくて、グラントはもうその名前を使わないのだと思ってた。だから、さっき聞いて驚いたんだ」
リサの目が大きく開いて
「どうして…」
「君はグラントと『家族』になるからだよ」
リサは少しうつむいて、黙っていた。そして、顔を上げて僕を見た。
「あのっ、ステフさんは彼のこと、よく知っているんですよね?」
「うん。僕達は長い間ずっと友達だから」
「私は『家族』になれるでしょうか…。私、家族の記憶をもうあまり覚えてなくて。よくわからないんです」
とても小さな声だった。
「不安なんだ。そうだよね。あのね、リサ。聞いていると思うけれど、僕はトランスジェンダーなんだ。でも、グラントは、いつだってごく普通に自然に接してくれたよ。グラントと話したらいいよ、今そのままの気持ちを。いつでもどんなことでも受けとめてくれる人だよ」
僕はリサの潤んだ瞳を見ながら、続けた。
「そして、グラントは君と出会ってから、前より、よく笑うようになったよ」
リサは雨上がりの澄んだ空のように笑って、それは本当に素敵な笑顔で、
「私は彼にずっと支えてもらってきました。私も少しでも支えになれていたのなら、とてもとても嬉しいと思います。そして、これからも」
そう言った。
*
それから、リサが資格をとって、ふたりが自分達の船を手に入れて、ずいぶん時間が必要だったけれど、ふたりは今日も宇宙を巡っている。
僕はふたりに贈ったアルバムを取りだした。
僕があの日撮った写真の中には、
ふたりの笑顔が
みんなの笑顔が
たくさんあふれていた。
花吹雪の舞い散る中、ふたりはとても輝いていて…。
僕はふたりの未来を信じられる。たくさんの幸せの中のひとつの形として。
誰かと共に歩いていくということを。
——そして、僕はそっとアルバムを閉じた。
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