リサの物語6
離陸はうまくいったと思う。無事、周回軌道に乗って安定飛行に入り、やっとひと息つけた。ここまで小さなミスはあったにしても、致命的な過ちはしていないはず。
(きれい…)
窓の外に目を向ける余裕ができた。客席でもリラックスした雰囲気の中、ガイドツアーが始まっていた。
「ちょっと失礼する」
「お手洗いですか?了解です」
私は規定通り、酸素マスクをつけて待機した。
トイレが空いたのを確認して、機長が席を外し、代わりに客室クルーがひとり、後ろの予備シートに座って待つ。
順調な遊覧飛行のはずだった。——そのときまでは。
その少し前、通信衛星のメンテナンス中に事故があり、分解した構造の一部分が宇宙空間に漂い出し、見えなくなった。周辺を航行する船には警戒するよう通告があったが、私達のツアーには届かなかった。
衛星の向こう側から母星が姿を見せはじめて、ふたつの星が重なるこのツアーのいちばんの見どころと言われている光景、星の輪郭に沿って広がっていく美しい光の帯を見ているとき、その光の中から何かが近づいてくるような気がして、私は目を凝らした。
——次の瞬間、衝撃があった。
(……!? 何?)
おそらく軌道を外れ、船は回転しているらしく、窓の外の光景がぐるぐる回り続けた。
とっさにブースターをふかし、とにかく回転を止め、窓の外がようやく静止したとき、私の服の下は汗だくになっていた。
「機長!」
後ろでクルーの声がして、入ってきた機長は…。
「大丈夫ですかっ?」
「どうやら肋骨と、鎖骨もやられたようだ。」
身体を丸め、右側を押さえるようにして入ってきた機長は、クルーが立ち上がって譲った予備シートに座り込んだ。
ちょうど通路にいたとき、衝撃で激しく転倒したのだという。
「状況は?何があった?」
「わかりません。何かが衝突したと思われます。とにかく船の回転だけは止めました」
クルーから応急処置を受け、肩をかりて、機長はどうにか操縦席に座った。
「状況確認。急いで」
「はい」
そのとき、チーフクルーから通信が入った。
『コクピット、状況説明をお願いします。お客様が不安がっておられます』
機長がうなずいて、私は急いで応答した。
「状況を確認中。とりあえずお客様の安全を確認して、安心させてあげてください。墜落することはありません、と」
チーフクルーによれば、乗客乗員はシートベルトをつけたままでいたので全員無事、何人かが気分が悪くなったと訴えているほかには、大きな怪我をした乗客はいないという。
「機長がいちばん重症です」私は言った。
「そのようだ」
船体の被害は、2基あるエンジンのうち1基破損。貨物室の外側に亀裂。衝突した構造物の一部が食い込んでいたことがわかったのは、あとになってからだ。
「それで、考えられることは?」
「船は予定軌道を外れましたが、周回中ですので、墜落の危険は今のところありません。外壁に生じた亀裂は、自動的に修復されました。空気漏れもありません。問題は—」私はいったん言葉を切った。「どうやって帰還するかです」
「そうだね。それについての君の意見は?」
「考えられる方法はふたつ、救援を待つか、自力で着陸するか、です。どちらにしても、この船では燃料に限界があります」
冷静に分析し、的確に判断する。私にできることは何がある?
私は懸命に頭を働かせた。無意識に、耳のピアスを触りながら。
「君はどちらを選ぶ?」
「私は—」少しでも可能性が高いのはどちらだろう?子供達の笑顔が浮かぶ。
考えろ、よく考えて…。
「私は自力で着陸する方を選びます」
「いいだろう。私も同意見だ。救援を待っていては時間がかかりすぎる。この船には余分な燃料も備品もない。それから言っておくが、着陸の際は君が操縦するんだ」
「はい。…えっ!?」
「私は怪我で操縦桿を操作できない。いいかね。君がやるんだ」
「わかりました」そう答えたものの、頭の中が真っ白になりかけた。
機長は私に「おいおい、しっかりしろ」と笑って、クルーにチーフをコクピットまで呼ぶように言った。
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