リサの物語5

 私はそのあと最終審査に合格して、次の飛行課程へと進んだ。

 今度は実機での同乗訓練、レポート、評価が続く毎日だった。

 その日の訓練は低空域での遊覧飛行だった。今回のフライトで合格サインがもらえたら、Aクラスの操縦士として低空域で乗客を乗せて飛ぶことが可能になる。


 出発地へ向かう便に搭乗し、機体が安定飛行に入ってしばらくして、機内アナウンスが流れた。

「あれっ?」

 機長アナウンスは、聞き覚えのある声。

「—それでは短い間ではありますが、空の旅をお楽しみください」

(こんな短距離航路の仕事を受けることもあるんだ…)


 その人の操縦を目にする機会は、こんなふうに偶然乗り合わせた機体や、プライベートでも今までに何回かあった。私はその人の操縦が好きだった。的確な判断、冷静な分析力、そして安心できる技術、私に足りないものをその人は持っていたから。


 いつになったら追いつけるのだろう。


 機体は定刻通りに完璧なランディングをして、私はデッキを通るとき、チラリとコクピットを見た。操縦席で最終チェックをしているその人は、私に気がついて、小さく親指を立てて見せた。

 手をふりかえして、私はにっこりした。

(なんて、ラッキー)

 その人の顔を見たら、訓練に向けて緊張していた私の心に、少しだけゆとりができた。


 あとでその人に聞いたら、「たまたまだよ」と。

 でも、偶然ではなかったのだと私は思う。その人はそういう人だった。


 集合を指定された駐機場近くのブリーフィングルームで、私はB教官に再会してしまった。

「久しぶりに今日はお手並み拝見だな」

 硬直した私に、ニコリともせずに元教官が言った。

 訓練センターを退官されたあとは、低空域の同乗訓練ができる数少ないこの路線で、ときおり資格審査を担当されているとのこと。

 私は頭を抱えたくなった。よりによって私の苦手な相手からまた審査を受けることになったから。


 宇宙港を出発して、この星ゼファーの衛星ソニアを周回して戻ってくる所要2時間の遊覧ツアーは、子供達も多く参加する。

「ほら、手を振ってあげたまえ」

 コクピットで計器チェックに必死になっている私に教官(違った、元教官、じゃなくて、今は機長だ)は言った。

 コクピットが覗けるデッキに子供達が並んでこちらを見ている。背が小さく届かない子は、ぴょんぴょん頭が上下していた。

「あ、はい」

 ひきつった笑顔で手をふると、子供達が喜んだ。隣で機長も笑顔で手をふっている。

(え!?笑顔? はじめて見た…かも)

「あの、もしかして、お子さん好きなんですか?」

 恐る恐る尋ねる私に、

「私にも孫がいるしね」

「今まで知りませんでした」

 しごく真面目な顔で

「私も今まで言ったことがないから」

 私は笑いそうになり、あわてて顔を引きしめた。

「何かね?」

「いえっ、何でもありません!」


 訓練センターにいたときより穏やかになられた?違う、訓練生達にたとえ嫌われても、わざと厳しい態度で私たちのために指導されていたのだと、そのとき気がついた。

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