リサの物語2

「リサ!リサ!聞いてるの?」

 その日の私はずっと上の空だったらしい。メグに言わせると、ときどき遠い目をして、ニマニマして、とても薄気味悪かったと言っていた(失礼なヤツ!)。


 その人にはときどきメールで近況を知らせた。返信はすぐ来たり、なかなか来なかったりした。それは、ふたりを隔てる距離と時間の問題であって、いつも丁寧な言葉で励ましがあった。私のたわいない日常に関心を持っていてくれるなら、それだけで嬉しかった。


 その人とのつながりが厳しい訓練の中で私を支えてくれた。


 訓練は厳しさを増して、脱落する者も出始めた。

 講義の合間にはシミュレーターに乗る。ひたすら何時間も乗って経験値を上げていく。最初は飛ばすだけで精一杯だったが、だんだんシミュレーションの設定が難しくなっていく。


「この設定、有り得ないんだけど!こんなのどうやって対応するの?手足が8本あったって、無理なんですけど!」

 その日、合格サインをもらえなかった私は、お昼を食べながら、メグにぼやいた。

「8本って、タコ星人も真っ青だね、そりゃ」

 メグが栄養ゼリーのパウチを口にしながら、笑った。


 私は難しい理論ばかりの講義が苦手だった。メグは講義も操縦も優秀にこなした。理解できない内容には、ときどき泣きついて教えてもらい、なんとか筆記試験の合格ラインをパスしていた。

 その人に尋ねて、教えてもらったこともある。

「リサには黒い髪のコーチがいるんだものね。ふふふ」

 メグにはいつのまにかバレていて、お見通しだった。


 私は飛ぶことが好きだった。

 そして、実際の怖さを知ることになるのは、もっと後のことだった。


 訓練センターには退官を控えた対照的な教官がふたりいた。

 ここでは名前は伏せるけど、A教官は、いつも穏和で大声を出しているのを聞いたことがなく、シミュレーターでもすぐ合格サインをくれた。

 一方のB教官は厳格なことで有名で、笑顔を見たものは誰もなく、口数が極端に少なかった。一発で合格サインをもらえることはまずない。

 訓練生にどちらが人気があるのかは明らかだった。


 でも、実際に役立つ具体的なアドバイスをくれたのは、B教官の方だったと、私は後になって気がついたのだった。


 次の飛行課程に進むための最終審査の日、試験順が発表されて、私とメグはA教官担当に当たった。

「やったー!ラッキー!ついてる、私達」

 私もメグも手を取り合って喜んだ。

 ところが、休憩時間を挟んだ後で、私だけB教官の担当グループに入れられていた。途中棄権した訓練生がいて、順番が変更になったからだった。

「ゲゲッ、何で?うわ、もう最悪。メグぅ、どうしよう、私」

 メグは私の肩を抱いて、

「がんばれ、リサ。あんたならきっとできる。いつも通りにやればいいだけ」

 そう励ましてくれたが、私には上手くいく自信などなかった。


 シミュレーションは最悪だった。あり得ない設定、次々と起こるアクシデント、途中からもうわけがわからなくなって、気がついたときは終了していた。

「君は度胸がある、反応も早い。でもそれだけだ。直感がいつも正しいとは限らない。的確な判断、冷静な分析力が決定的に不足。もう一度やり直しだ」

 教官の言葉に、私は自信を失った。

 そして、合格したメグとは、クラスが別れた。

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