リサの物語12

「リサ。話があるんだけど、いいかな」 

 その人は私の前に座って、何かあらたまった感じで言った。


「……?」

「僕は君の兄さんという役をそろそろ卒業しようと思う」

 突然のことに、私はうろたえた。

「えっ?どういうこと?」

「君は僕の妹の代わりじゃないし、僕は君の兄さんの代わりでもない。この前、はっきりとわかったんだ」

「じゃあ、これからなんて呼んだらいいの?」私は混乱して、「えーと、キャプテン?」

「あのね、こうしてふたりでいるときに、機長キャプテン副操縦士コーパイって、呼びあっていたら、おかしくないか?」

 そこで少し間があいた。


「…名前で呼んでくれる?」

「えっ、グラント…さん?」

「さん、はらないから」

「グラン…ト」私は急に恥ずかしくなった。

(7歳年上のこの人を?そんな、急に?)

「よべないよぉ〜」

「わかった、リサ。僕の別の名前を教えてあげる」


 そして、席を立って私のそばに来ると、耳のピアスにそっと触れ、小さく耳元でささやいた。そのまま私の頬に一瞬、優しく唇が触れるのを感じた。

 

 私はその頬を片手で押さえて固まってしまった。

 

 この人の名前は、「グラント ユリウス ノア」という。


 このあと、私は公の場所ではグラントと呼び(努力した!)、ふたりきりでいるときは、彼をユーリと呼んだ。


 彼は私をまっすぐに見つめて、

「リサ。僕のパートナーになってくれますか?僕の夢は、小さな船のオーナーパイロットになって宇宙を巡ることで、そのとき隣に君がいて欲しい。どこまで行けるかわからないけれど、一緒に並んで歩いてくれますか?」

「でも!私はまだ…」

「そう、君が宇宙そらを飛べるまで、僕は君を待ってる」


 今までずっとこの背中を追いかけていた。

 私の願いはその隣を並んで歩くことなのだと、ふいに気がついた。

(あれ?私、涙が…。何で?)


 私は返事をするかわりに、立ち上がると、両手を伸ばして彼の頬に触れ、背伸びして、そっと唇を重ねた。


 同じ方向に並んで一緒に足を踏み出した、これが私達の新しい一歩だった。


 

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