第5話

魔王その3「魔王その1とその2が敗れたと聞いて、敵情視察に来たのだ。てっきり町の宿に泊まっているかと思ったら、森にいると判った時にはびっくりしたぞ」

女神「う、うるさいわね。いろいろと事情があったのよ!」

嘲笑の笑みを向けて魔王その3が言う。

魔王その3「大方おおかた旅銭が底をつきたんだろう?“むだづかい女神”として有名だからな」

女神「ぐっ、う、うるさい」


青年「敵情視察っていうのはバレないようにやるものなんじゃないのか?」

魔王その3「興味深い話だったからな。良く聞こえるようにと近づいた結果、こうなってしまった」

そう言いながらビニール袋を取り出す魔王その3。

魔王その3「ちょっと待っておれ。今の話を聞いたうえでカードケースに入れるカードを選抜するから。…これと、これと…念のためにこれも…念のためにもう1枚…」

どうやらビニール袋の中にはカードが入っているらしい。袋の中を探ってカードを選別しだす魔王その3。


女神「敵の目の前でそんな事が出来ると思ってるの」

怒気を含んだ表情で立ち上がる女神。

魔王その3「ちょ、まって、もう終わる。ほら終わった」

慌ててその時点で選別し終えていたカードをカードケースに入れる魔王その3。

女神「チッ」


満足げな表情で立ち上がり、魔王その3が言った

魔王その3「勇者よ、貴様の弱点をつくべく選抜したカード編成で組んだカードデッキだ。正々堂々勝負しろ」

女神「それって正々堂々なの」

魔王その3「うるさい、こっちも最後の魔王なのだから、なりふり構っていられんのだ」

女神「…え?ちょっとまって。魔王その3なのに4大魔王の最後の一人なの?」

魔王その3「…4大魔王って3人じゃだめなの?」

女神「…数字に弱い、だと!」

“数字に弱い”以前の問題な気もするが、こうして最後のたたかいの火蓋ひぶたが切られたのだった。


-

魔王その3「まて、バトルの前に一つ頼みがある」

たたかいの火蓋ひぶたは切られていなかった。

魔王その3「先攻を譲ってくれない?」

女神「は?何言ってるのよ、正々堂々、コイントスしなさいよ!コインを出しなさい」

自身の財布にコインが入っていない事は重々承知な女神、やむを得ず相手にコインを出すことを促す。

ただ、魔王その3の“ねた表情”を察するに、イカサマをしようなどとは思っていないようで

魔王その3「うぉおおお!先攻こい!!!」

気合いの入り方からも、やはりイカサマはやっていないようだった。


こうして魔王その3の先攻が決まり、最後のたたかいの火蓋ひぶたが本当に切られたのだった。


-


魔王その3「われのターン、カードをドロー!」

緊張した面持ちでカードケースに指を伸ばすが、魔王その3はなかなかカードを引かない。

女神「早くドローしなさいよ!」

魔王その3「ええい、うるさい!あのカードが引けるかどうかが勝敗の分かれ目なのだ…カードをドロー!」

目を閉じながらカードを引いた魔王。少しづつ薄目をあけ、やがて大きく目を見開いて歓喜の声をあげた。

魔王その3「やった!引いたぞ、引けたぞ、肝になるカードを!」

カードを前に出し、宣言する魔王その3。

魔王その3「スーパーレアのコウモリ亜人あじんを“防御”で場にセット。」

人型のモンスターにコウモリの羽根が生えた“コウモリ亜人”がフィールドに現れる。

登場したコウモリ亜人が首をかしげながら魔王その3に質問した。

コウモリ亜人「“防御”ですか?あまり防御で使われた経験が無いんですが」

その質問に対し、自信満々に答える魔王その3

魔王その3「うむ“防御”だ、そしてプレイヤーであるわれを持ち上げて空中で待機するのだ」

コウモリ亜人「え?」

女神「ちょっと!そんなのアリなの?」

魔王その3「現行でも飛べないモンスターを空中に飛ばす“コンボ”で使えるカードだ。問題なかろう」


その時、何処からともなく運営の声が聞こえてきた

運営「前例はありませんが、ルール上は問題ありません」

女神(良く考えてみたら、プレイヤーが飛んだところでメリットなんか無いじゃない。だから前例が無いんだわ。魔王その3は一体何を考えているのかしら?)


そんなこんなでコウモリ亜人が魔王その3を抱えて飛ぼうとするのだが

コウモリ亜人「ぐぎぎぎぎっ」

なかなか浮かばない。

魔王その3「しっかり飛ばんか!」

コウモリ亜人「魔王さま、何キロあるんですか?ちょっとキツいっすよ」

魔王その3「カードデッキにたっぷりカードを入れているからな」

コウモリ亜人「勘弁してくださいよ、普段のコンボで他のカードモンスターを持ち上げる時は、重くてもウルトラレアの30kgが上限なんですよ…」

魔王その3「か、仮にもモンスターだろう、ガンバレ!」

コウモリ亜人「ひぃーーー」

数分後、何とか3メートルくらい浮かび上がったコウモリ亜人+魔王その3。

上空から魔王その3が言う。

魔王その3「はっはっはっ、今の貴様では上空のプレイヤーを攻撃するすべはあるまい!これで我の負けは無くなったわ」


魔王その3がターンエンドを宣言し、青年のターンになったのだが、

女神が浮かんでいる魔王その3たちを見ながら思ったことを口に出した、出してしまった。

女神「ねえ青年、あなたの身体能力ならジャンプして届くんじゃないの」

青年自身もそう考えて、助走を取るべく数歩ほど後ろに下がっていたのだが

魔王その3「あっ、コ、コウモリ亜人、もう少し上にあがるのだ」

コウモリ亜人「ひぃーーー」

コウモリ亜人+魔王その3は、届きそうにない上空まで上昇してしまった。


女神「…」

青年のカードケースの中から声が聞こえだす。

ライオンマン「あーあ、なんで作戦を声に出して言っちまうのかねぇ」

回復の少女レア「め、女神さまは御正直なお方なのですよ」

悪役令嬢「バカ正直、バカ多めってところね」

ライオンマンと悪役令嬢の爆笑がカードケースの中から聞こえてきた。

女神(ライオンマンと悪役令嬢は後で燃やしてやる!)

そう誓う女神だった。


女神「と、とにかくカードをドローよ…」

青年がしばしの間、思案した後に言った

青年「いや、考えがある。カードはドローせずにターンエンドだ」

女神「え、なんで?」

間髪入れずに反射的に質問する女神。

カードケースの中から再び声が聞こえだした

ライオンマン「だから作戦をしゃべらそうとしちゃダメだって。敵のスパイかよ」

半笑いでライオンマンが言い、

悪役令嬢「私、犯人わかっちゃったんですけどー」

半笑いで悪役令嬢が言って、再度、ライオンマンと悪役令嬢が爆笑した。

女神(ライオンマンと悪役令嬢は後で切り刻んで燃やしてやる!必ずだ!)

そう固く誓う女神だった。


-


魔王その3「フン、ならば我のターンだな。空中からいたぶってやるぞ、覚悟しろ勇者よ。カードをドロー」

コウモリ亜人「え?」

魔王その3が引いたカードを後ろからのぞき込んで見たコウモリ亜人が、思わず声を漏らした。

魔王その3「もしもの為に仕込んでおいた“コウモリ亜人の2枚目”だ」

コウモリ亜人「同じカード…」

魔王その3「コウモリ亜人が最初に引けるかどうかが勝負の分かれ目だったからな。多めに仕込んでおいたのだ」

コウモリ亜人「でもですね…」

コウモリ亜人の発言をさえぎって、魔王その3がカードを前に出し、宣言する。


魔王その3「“コウモリ亜人2枚目”を攻撃でセット!」


ブブー

ブザー音が鳴り響き、“コウモリ亜人2枚目”のセットが拒否される。

魔王その3「え?なんで?」

その疑問には後ろで魔王を抱えて飛んでいた1枚目のコウモリ亜人が答えた。

コウモリ亜人「カードの説明に書いてあるでしょ。このカードは場に1枚しか出せないって」

魔王その3がカードを見てみると、確かにそのように書いてある。

コウモリ亜人「もしかして知らなかったんですか?」

魔王その3はその質問に答えることなく、静かに宣言した。

魔王その3「…ターンエンドだ」

もう一ターン、魔王その3を抱えて飛ぶことが決定し、うんざりした表情を浮かべるコウモリ亜人だった。


再びやって来た青年のターンだったが、空中の魔王その3たちを見ながらしばらく思案したうえで青年は宣言した。

青年「ターンエンドだ」

女神「え、なん…」

反射的にここまで言ったが、後に続く言葉をなんとか自重した女神。

しかし、カードケース中からはクスクスといったささやき笑いが聞こえてきた。

固く拳を握り、復讐の決意を揺るがぬものにする女神だった。


魔王その3「我のターンだな、今度こそ…。カードをドロー!」

後ろから魔王の引いたカードを見たコウモリ亜人が悲鳴に近い声をあげる

コウモリ亜人「また“コウモリ亜人”じゃないですか!何枚同じカード入れてるんですか?」

魔王その3「…5枚。だって1枚以上、場に出せないって知らなかったんだもん」

コウモリ亜人「そういえば魔王さまは、ウルトラレアの“アルティメイテッド-ワイバーン”を持っているじゃないですか。あいつなら味方三体を載せて飛べるし、自身も火を吐いて攻撃できるでしょ。デッキには入っているんですか?」

魔王その3「この世に現存しているのは2枚しかないと言われている超ウルトラレアのカードだぞ!持ち歩くわけ無いだろう。家の金庫にしまってあるわ」

コウモリ亜人「カードは使ってナンボでしょうに」

若干、不穏な空気になる魔王その3陣営。

そんなやり取りをしつつ、魔王その3はターンエンドを宣言した。


そしてやってきた3回目の青年のターン。

青年「しばらく待っていると重さに耐えきれずに高度が下がるかと思ったのだが、なかなか頑張っているな。」

女神「そういう作戦だったの」

青年「ああ、しかし高度は下がりそうにないので、別の作戦で行こうと思う」

女神「次策もあったのね」

素直に感心する女神。


青年がカードケースに向かって話しかける。

青年「みんなの協力によるチームワークが必要だ。頼む、力を貸してくれ」

カードケースの中から返事の声が青年に向かって届けられる

回復の少女レア「はい、空を飛んだり空中に攻撃はできませんが、がんばります!」

悪役令嬢「こうなったのも何かの縁よ、飛んだり空中攻撃とか出来ないけど手を貸すわ」

ライオンマン「お、おう。まかせとけ!(…とは言ったが、俺も飛んだり空中攻撃とか出来ないぞ…という事は)」

空気を読んだライオンマンは声には出さなかったが、女神は知っていた。

女神(…やっぱり無理じゃね?)


青年が空中の魔王その3に向かって叫ぶ

青年「いくぞ!野球で培ったチームワークがみんなの気持ちを一つにし、貴様を倒す!」


そう言うと青年は右手にカードケースを持ち、野球のピッチャーの投球モーションそのままに、カードケースを魔王その3に向かってぶん投げた。

うなりをあげてカードケースは魔王に向かって一直線に飛んでいく、まるでレーザービームの様に。

そしてカードケースは魔王その3のみぞおちに突き刺さり、魔王その3の体力ゲージはゼロを超えてマイナスに振り切った。


青年「やったぞみんな、チームワークの勝利だ」

全員(違うと思う)


青年以外の全員の気持ちが一つになった瞬間だった


こうして短きにわたる青年と魔王その3とのバトルにピリオドが打たれたのだった。


-


女神「もう元の世界に帰るの?もう少しゆっくりしていっても良いのよ」

金色のゲートトンネルを作りながら言う女神。

青年「長くなると、余計に別れがつらくなるからな」

女神「それもそうね。あなたと過ごした時間、短いようで短かったけど、悪くなかったわ」

少し感傷的になったのか、涙ぐむ女神。

青年「じゃ、帰るか」

そう言って金色のゲートトンネルに入る青年。


数歩進んだ先で、青年がトンネルの中で立ち止まり言った

青年「おっと、これは返さないとな」

青年がカードケースを取り出し、女神に渡すべくゲートトンネルの中からカードケースを持った手を女神に向かって伸ばした。


ちぢみゆくゲートトンネルの出入り口。


青年「レアや他の皆も、幸福に過ごせるような、そんな世界になる事を祈っているよ」


女神「約束するわ」


ちぢみゆくゲートトンネルの出入り口から伸ばされた青年の手。

その手の先にあるカードケースを手のひらで受け取る女神。


レアカード1kg+スーパーレア10kg×2枚(悪役令嬢とコウモリ亜人)+ウルトラレア30kg


合計51kg+カードケース自体の重量を手のひらで受け取って、女神は手の甲から地面にめり込んだ。



-


“異世界転生せず異世界カードバトル、勝利の決め手は野球で培ったチームワークだ!あと取って付けたような悪役令嬢”

以上で完結となります。

短きにわたるお付き合い、読了ありがとうございました。




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異世界転生せず異世界カードバトル、勝利の決め手は野球で培ったチームワークだ!あと取って付けたような悪役令嬢 @Tsuka_

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