愛し愛される令嬢の涙は、最強カップルの証明なのです

uribou

第1話

「ラブカップルナンバーワン? 露骨で下品過ぎはしませんか?」

「まあウィニーの言いたいことはわかるわ」


 親友であるセヴァリー子爵家の令嬢カミラが、我がペリング子爵家タウンハウスに遊びに来てくれました。

 学園祭について聞きつけた情報を私に教えてくれます。

 まったくカミラは地獄耳なんですから。


「美味しいパイだわ」

「もう、そうでなくて」

「あら、ウィニーだって続きを聞きたいのではないですか」


 カミラがいたずらっぽい笑みを見せます。

 当たり前でしょう?

 ラブカップルナンバーワンですよ?

 いかにも刺激的な響きではないですか。


「近年、学園祭のイベントがつまらないと不平の嵐だそうなのよ」

「わかりますけれども」


 王立ノーブルアカデミーの校訓は『紳士たれ、淑女たれ』です。

 学園祭だからって、はっちゃけることはできないです。

 イベント企画者の後々の評価にまで関わってしまいますから。


「なのに何故、ラブカップルナンバーワンなんてバカ丸出しの企画が通ったんですか?」

「破廉恥は破廉恥でありますけれど、現に一発でイベント名を覚えられるほどインパクトのある催しではあるでしょう?」

「それはまあ」


 否定することはできないですね。

 国家や聖歌の合唱、聞くだけで眠くなる研究の発表、道徳劇の披露なんてものに比べれば、よほど楽しげな催しに思えますから。


「今年は王太子殿下が生徒会長でしょう?」

「学園祭でも存在感を見せつけたいということですか?」

「みたいね。でも面白そうだと思わない?」

「思います」


 王太子殿下は洒落の通じるお茶目な方ですからね。

 王太子殿下が責任を取ってくれるなら、学園祭ではかなりのことができそう。


「クイズ大会、大道芸パフォーマンス、蛮族の楽器を使用した流行歌劇なんてものも行われるようよ。中でも目玉のイベントになるのが……」

「先ほどのラブカップルナンバーワン?」

「そうね」


 群を抜いて俗っぽいですものね。

 名前の響きでは、ですけれど。


「最も愛し愛されるカップルを決定するイベントですってよ。参加資格は婚約者同士である男女の生徒であること」

「よく通ったものですね。こんな企画が」

「王太子殿下大喜びしたらしいわよ? 求めていたのはこれだって」

「ええ?」

「柔軟な発想だ。古く凝り固まった伝統を打破するための起爆剤だ、と考えたのではないの? よく解釈すればだけど」


 カミラは達観してますね。

 というより半分呆れているみたい。


「わたしはせいぜい楽しく見物させてもらうわ。当然ウィニーは参加するのでしょうし」

「するわけないでしょう。恥ずかしいです」

「いや、でもここを読んでごらんなさいよ」

「他薦も可? まさかカミラが推薦するつもりなの」

「わたしはしないけど、誰かが推すわよ。間違いないわ。だってあなた達バカップルだもの」


 私の婚約者は、幼馴染のダグラス・オリファント伯爵令息です。

 幸いうまくやれているとは思いますが、バカップルとは心外ですね。

 大体婚約者同士仲良くするのは当たり前ではないですか。


「バカップルか否かは水掛け論として。ウィニー達がラブカップルナンバーワンイベントに参加したとしたら、負ける気はしないでしょう?」

「しないですね」


 競技内容が私達向きですから。


「まずお姫様抱っこ校内一周競走。ダグラス様は騎士たらんと鍛えていらっしゃいますし、身体が大きいですから小柄なウィニーとは体格差がありますし」

「私もお姫様抱っこされ慣れてますしね。楽勝です」

「……」

「何か?」

「いえ、キングサイズパフェ二人で食べさせ愛タイムトライアルも……」

「いつもやっていることですね。タイムトライアルは初めてですけれども、問題ないと思います」

「……恐るべしナチュラルバカップル」


 カミラは何を言っているのでしょう。

 婚約者同士の仲がいいのは当たり前ですのに。

 ダグラス様と私は子供の頃から婚約者で、付き合いが長いですから特にです。

 カミラはまだ婚約者がいないのでわからないだけですわ。

 選り好みしないで早く決めればいいですのに。


 カミラが言います。


「問題があるとすれば最後の競技、カップルアンケートですわ」

「何でしょうね? これは。パワーでもスピードでもなくて、採点基準が印象とありますよ?」

「大方、王太子殿下もラブカップルナンバーワンに参加するということではないですか? お姫様抱っことパフェで負けていても、最後のカップルアンケートの印象点で逆転という筋書きでしょう」


 なるほど、カミラは鋭いですね。

 当たっていそうな推測です。

 王太子殿下が参加してくれれば大層盛り上がるでしょうし、野暮なことは言いっこなしです。


「まあ、一番恥ずかしい部分を殿下に担当していただけるのでしたら、私も参加するにやぶさかではないですね。長時間のお姫様抱っこを堪能できて、キングサイズのパフェをタダでいただけるのですから」

「……わたしはそれでもダグラス様ウィニーペアが勝つと思っているんですけれどもね」

「えっ?」

「いえ、何でもないわ。おいしいパイでした。料理人にそう伝えておいてね」


          ◇


 ――――――――――学園祭ラブカップルナンバーワンイベントの日。


 予想外でした。

 まさかお姫様抱っこ校内一周競走を完走したのが私達ペアのみだったとは。

 まったく軟弱者の殿方が多いんですから。

 ダグラス様の爪の垢でも煎じて飲めばよいのです。


 おかげでキングサイズパフェを食べさせ合っている様を、皆にじっくり見物されることになりました。

 気まずいやら恥ずかしいやら。


『さあ、本年度ラブカップルナンバーワンに輝いたダグラス・オリファント君とウィニー・ペリング嬢の登場です。拍手!』

「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 完全に晒し者です。

 いえ、でも王太子殿下ペアを差し置いてトップだったのですから、せいぜい盛り上げるのが使命ですね。


『最後の競技、カップルアンケートにお答えいただきましょう!』


 あれ?

 もうお終いだと思っていましたけど、アンケートはあるんですね。


『ダグラス君に問おう。お姫様抱っこ校内一周競走を完走したのは君だけだ。感想はあるかい?』

「特には。あれで優勝が決まってしまったのは拍子抜けだった」

『ウィニー嬢は重かったかい?』

「羽のように軽いよ」

『君達が勝った要因は何かな?』

「さあ? 愛が深かったからじゃないかな」


 ヒューという囃す声。

 でも令嬢方は羨ましそうです。

 変ですね?

 婚約なさっている方もいらっしゃいますのに。

 愛は十分でございましょう?


『いやあ、ラブカップルナンバーワンに相応しい熱い答えだね。では次にお二人に問おう。もし争うとしたら、王太子殿下、婚約者のどっち?』

「「婚約者」」


 どよめく会場。

 何故でしょうね?

 決まり切った答えだと思いますが。


『答えが揃った。しかも即答だったね。君達は仲が良さそうなのに、お相手と争う方を選ぶのかい?』

「そういう問題じゃない。王太子殿下と争うなんて、臣としての忠義に悖る」

「同感ですわ。回答一択の質問だったというだけです」

『ふうん? しかし君達の愛が忠義に負けてしまったように見えるよ。もし君達が争うとするとどんなものなのかな?』


 思わずダグラス様と顔を見合わせます。


「特にどうということはないな。ウィニーは物わかりが悪いわけでも我が儘なわけでもないし」

「争いになったら話し合えばよいのです。ダグラス様は受け入れる度量がおありですからね」

『ハハッ、仲の良さが伝わってくるぞ。それでこそラブカップルナンバーワンだ。では最後の質問。ウィニー嬢に問おう。もしダグラス君と別れなければならなくなったら、どうする?』


 別れなければならなくなったら?

 ダグラス様と?

 そんなことは考えたことがありませんでしたが……。


『う、ウィニー嬢?』


 涙がポタリ。

 次から次へとポタリポタリ。

 滝のように流れる涙が止まらなくなってしまいました。

 悲しくて、悲しくて。

 感情を制御できません……。


『ウィニー嬢すまん!』

「ハハッ、ウィニー干からびてしまうよ。ハーブティーをいただきなさい」

「ダグラス様……」

「心配するな。オレはここに、君の隣にいる」

「ええ、ありがとうございます」


 ダグラス様にバックハグされた状態でハーブティーを飲みました。

 私にとってダグラス様がいることは当たり前で、いなくなることを初めて考えたら恐ろしくなってしまいました。

 私は幸せなんですね。

 幸せだということを気付きもしないほど、幸せだったんです。

 背中が温かいなあ。


『疑えない! 疑いようがない! ダグラス・オリファント君とウィニー・ペリング嬢は、間違いなくラブカップルナンバーワンだ! 二人を称えて拍手!』


          ◇


 ――――――――――後日。


 今日はセヴァリー子爵家のタウンハウスにお邪魔しています。

 カミラがため息を吐きます。


「わたしも婚約することになりそうなの」

「あら、おめでとう。お相手はどなたですの?」

「いえ、まだ候補を絞っている段階なんですけれどね」


 カミラは跡取り娘ですから、お父上子爵の意向が大きくなるでしょう。

 希望はあまり通らないかもしれませんね。

 カミラの婚約者が今まで決まっていなかったのは、選り好みしているわけではなくてその辺の事情かもしれません。


「ウィニーが羨ましいわ」

「私が? どうして?」

「学園祭のラブカップルナンバーワンイベントであなたが流した涙。とても綺麗だったわ」

「もう、やめてくださいな」


 淑女らしくもなく、みっともなく涙を流してしまいました。

 本当に恥ずかしいです。


「恥ずかしがることないわ。とても素敵なシーンだったもの。最後なんか割れんばかりの拍手だったじゃないの」

「……かもしれませんけれど」

「そうよ。ウィニーだっていっぺんに有名になったじゃない」


 というか、ラブカップルナンバーワンとして変に有名になってしまいました。


「ダグラス様とウィニーのペアが勝つと思ったわ。だってお似合いのバカップルなんだもの」

「ええと、ありがとう存じます?」

「いいなあと思って。わたしもダグラス様とウィニーのように、お互いに思い合える婚約者がいいんだけど、とても無理だわ」

「そうかしら?」

「ねえ、仲良くするコツでもあるの?」


 コツ、ですか……。


「もちろんダグラス様とウィニーは早くに婚約して、ともに過ごした時間が長いってこともあるんでしょうけど」

「考え過ぎない方がいいと思いますよ」

「えっ?」

「カミラは賢くて洞察力があるでしょう? それを婚約者に向けてはダメだと思うの」

「……そういうものなの?」

「完璧な殿方なんておりませんからね。細かい部分をつついてはいけません」

「ふうん、わかる気もするけど……」


 疑わず信頼することですよ。


「カミラは右利きでしょう? でもだからと言って左手を疑うことはしないでしょう?」

「つまり婚約者はわたしの半身のようなものだと?」

「ええ」

「何という境地。バカップルがこんなに奥深いものだったとは……」


 カミラったら、何を難しい顔で唸ってるんでしょうね?

 簡単なことですのに。


「カミラの婚約者はお父上の子爵が決めるんでしょう?」

「おそらくは」

「きっと客観的に見ていいお相手を選んでくださるわ。カミラはそのお方を信じればいいだけじゃない」

「……随分軽く言うのね」

「私と一緒ですわ。ダグラス様と私の婚約も親同士が決めた話ですし」

「えっ?」


 何を驚いているんでしょう?

 当たり前じゃないですか。

 ダグラス様も私もほんの子供の頃だったんですから。

 子供同士が婚約を決められるわけがありません。


「盲点だったわ。ウィニー達は相思相愛だから、何となく恋愛で結ばれたものだと思い込んでいたけれども」

「違いますよ」

「ウィニーの言う通りだわ。お父様はわたしに相応しいと思われる方を選んでくださるだろうから、信じればいいのね?」

「ええ。建設的でしょう?」

「そうね、うまくいかなければお父様のせいにすればいいんだわ」


 うふふと笑い合う。

 よかった、カミラも表情が柔らかくなりました。


「ウィニーありがとう。気分が大分楽になったわ」

「いえいえ、どういたしまして。今日は帰りますね」

「マドレーヌがあるのよ。お土産にしてダグラス様と召し上がりなさいな。甘いわよ。甘々のあなた達には勝てないでしょうけど」


 カミラったら、何の勝ち負けですか。

 ダグラス様と私は絶対に負けませんからね。

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