第11話 候補生『鎗目萌楠』

 数時間練習を続けるといつの間にか晩飯の時間となり、食堂に集まった候補生達。

 今朝のETSUエツの演説が効いたのか、あの本明ほんみょうを急かした相葉あいばという男は姿を現さなくなった。

 その間もチーム内では親睦を深めるべく話が弾み、チームの団結力がそれぞれ上がっていったように思えた。


 ETSUが一人で食事を摂っていると、今朝助けた本明が現れた。


「ETSUさん。少しいいですか?」


 ETSUは無言だったが、本明は隣に座る。


「今朝はありがとうございました。おかげで合宿、続けられました」

「それは良かったね」

「ありがとうございます」

「別に」

「優しいんですね、ETSUさん」

「名前なんだっけ」

「あっ、ごめんなさい。本明雨ほんみょうあめです」

「雨は、変わりたいって言ってたけど、どうして?」

「自分に自信を持ちたくて」

「自信ないんだ」

「今日つきました」

「ふーん?」

「逸材って言っていただけたから。冗談だったんでしょうけど、ふふ」


 ETSUは少し上を見上げて、何かを思い出している風に言った。


「まあ、言った時は冗談だったけど」

「…?」

「初回のパフォーマンス、良かった」

「本当ですか?」


 彼女なりに候補生達のことを細かく観察していたようだった。

 キラキラと目を輝かせる本明だったが。


「逸材は言いすぎたかもだけど。良かった」

「あはは…」

「でも遠慮してる感じがあった。全部出せばもっと良くなる」

「…!はいっ!ありがとうございます!」


 心の底から嬉しそうな本明を横目にご飯を食べる。


「それ食べれるの?」

「あっ…はいっ、ゆっくり食べます」

「無理しなくていいのに」

「助けてもらってばかりでは申し訳ないので」

「あそ」


 遠くでプロデューサー鮫山さめやまが食事風景を観察していた。

 誰が誰と話しているかと、全体の雰囲気を把握するために。


「…アイツも"仲間の為に"が分かりそうかもな」


 隣にはマネージャー河岸かわぎしも。


「ETSUですか?」

「ああ。今朝、相葉が本明に食うのを急いたら止めたらしいんだ。んで今も食べてやろうとしてた。食い意地張ってるだけかもしれんがな」

「あはは…」

「アイツにそんな心があるなんてな。第二期DODはひょっとするとひょっとするかもな」

「だといいですね」


 普段誰とも話さないETSUも、本明とはどこか自然と話しているように見えた。



 食事を終えた後、次々に候補生達が大浴場へと赴く。

 まだ三日目とは思えない程の疲労感だったが、温泉があるのは救いだ。




 候補生達が入浴出来る規定の時間は30分ほど前に終わり、ETSUは一人大浴場へと向かう。


 すると何故か同じタイミングで脱衣所に居合わせた女がいた。

 ETSUは一人の時間を邪魔され、不機嫌そうに彼女に問う。


「…誰?」

「っ………ETSU…さん…」


鎗目やりのめ萌楠もなん

 赤茶のマッシュヘアーに死んだ目、そして高めの身長が特徴的。

 口数が少なく、誰かと話しているのはあまり目撃されていない。


「もう候補生の時間は終わってるはず。何でここにいるの?」

「…入り損ねてしまって」


 追い出そうかとも思ったが、別に一人増えたところで、話さえしなければ一人と変わらない。そう考え、ETSUは服を脱ぎ始める。

 下着姿になったところで、鎗目がじっとこちらを見つめて動かないので、仕方なく話を振る。


「…入んないの?」

「…いいんですか?」

「いいよ。僕の所有物じゃないし」


 それを聞くと無表情ながらどこか気分良さげに服を脱ぎ始めた。



 2人は一切会話をすることなく、同時に湯船から出た。


 着替えも済み、それぞれ部屋に戻ろうとすると、やっと鎗目が話し出した。


「あの」

「…ん?」

「応援、してます」

「…ありがと」


 そのまま部屋に戻って行った。



 鎗目は部屋に戻ると、急ぎ足で布団の方は向かいその布団を被る。

 布団の中で彼女は、叫んだ。


「あああああああああああああああッ‼︎‼︎」


 布団の中でブツブツと何か呟いている。


「悦叶様と会えた悦叶様とお話し出来た悦叶様とお風呂入れた悦叶様悦叶様悦叶様…ふふふへへへへアハッ!ジュフフフフ…」


 彼女は、ETSUの厄介オタクのようだった。

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