第12話 候補生『八ツ波希野』

【合宿四日目】


 また半数落とされる大切な審査までは、今日を含めあと二日の練習期間が設けられていた。

 4人グループが四つ、5人グループが一つ。グループ内で上位2名に入らなくては即帰宅処分。未来はない。


 各々グループでは与えられた課題曲をこなし、頑張りを共有していった。

 されどプロデューサー鮫山さめやまが言ったようにチームであってチームではない。

 グループ内の誰かを脱落させなくてはならないのだから、一番は自分の為に頑張らなくてはならない。


 ETSUエツの入ったグループ①も、例外ではない。

 現メンバーのETSUを含めた5名のうち、上位2名にならなければならないというハードルの高さだったが、それも一つの成長ポイントだ。

 …と割り切るしかないのだ。




 しかしETSUは相変わらずやる気がないのか、グループでの行動を避けてホールの隅っこで体育座りで眠りについていた。

 同じグループの候補生達はETSUのことが気になりつつも、触れられずにいた。


 そんな中でもETSUに話しかける猛者がいた。

 幼くて高い、元気な声が聞こえる。


「ねえETSU。起きてよ」


 ETSUは目を覚まして答える。


「…何?」

「正直不思議なんだよね。結成したばかりのDODから3人もリアイドール。何か理由があったの?」

「さあ」


 その少女は悪びれる様子もなくETSUを煽った。


「ETSUが原因だったりして」

「…君、ウザいね」

「どうも。八ツ波やつなみ希野きのって言います」


 八ツ波やつなみ 希野きの

 ボリューム感のある茶髪を後ろで束ね、おでこを出して自信ありげな表情をしている。

 まだ子供っぽさが抜けていない彼女は、DODに入るために高校を中退したとの噂がある。


 ETSUは八ツ波をムカつく女であると一瞬で認定し、邪険に扱う。


「君、他のグループでしょ?何の用?練習しなくていいの?」

「それお互い様でしょ。それにいいんだ、私は受かるから。そんでぇ、ETSUをリーダーの座から引き摺り下ろすんだ」

「すごく面白い」

「ジョークだと思ってんなら痛い目見るよ?てかもうめんどくさいからさぁ、ここで勝負しようよ。わからせてあげる、私の方がすごいって」

「今やったって体力の無駄。遊んであげられなくてごめんね」

「ふーん?逃げんだ?」


 ETSUは八ツ波の言葉を真に受けて怒りのボルテージが上がる。


「年上には敬語を使おうね?クソガキ」

「やだ口の悪いオバさんだこと」

「クソガキの相手はめんどくさいね」


 ETSUは立ち上がり、首をパキッと鳴らす。

 ETSUがスマホでDOAの曲をかけると二人が同時に踊り出した。



 ETSUと八ツ波のパフォーマンス対決が行われ、周りも唖然と眺めていた。


 ETSUは美しく、いつものように流れるようなパフォーマンスを。

 八ツ波は激しく、それでいてメリハリのあるパフォーマンスを。


 それぞれ違ってはいたがどちらも"上手い"と間違いなく言える戦いであった。


「はぁっ………はぁっ………オバさん、結構やるね」

「ふうっ………クソガキには負けないよ」


 曲が止まると二人は睨み合ってまた言い合いを始める。


「勝った気でいんのマジウケるんだけど!どっからどう見ても私の勝ちでしょ!」

「ダンスに自信があるみたいだけど荒い荒い!美しさが全然足りてないね!その程度の技術でアイドルやるつもりなんだ?」

「温存してた割にはその体力!やっぱオバさんにはキツイか〜!これからのライブは大変だね!戦力外通告待ったなしだね!」

「君が僕の年齢になった頃にはアイドル辞めちゃってるよ!」


 二人は言い合いをやめず候補生達はただそれを眺めるだけだった。


 鮫山がタイミング良く(?)現れ、昼飯の号令をかけようとする。


「おい、飯にするぞ…って、何やってんだ?」


 汗だくの二人が睨み合う謎の光景に鮫山も困惑する。

 ETSUはハッと我に帰った。


「しょーもな…ガキの相手しちゃった…」

「ETSU〜!今回は私の勝ちだね〜!」

「僕の勝ち‼︎」

「明日もまたやろうよ」

「時間の無駄」


 ジャージを羽織って颯爽と去っていく。

 八ツ波は満足そうな顔をして送り出した。

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