第13話 候補生『百百塚鈴』

 昼食を終えて午後の部。


 グループ①。

  ETSUエツを入れて5人のグループだが、ETSUを入れての合同練習はまだできていない。


「ETSU先輩、よろしくお願いします」


 先程は声をかけられなかった同じグループの候補生達も、八ツ波やつなみを見習ってETSUに声をかける。


「…何を?」


 しかしETSUは合同練習をする気はないらしく、候補生たちの誘いをバッサリと切る。


「だってその、同じグループじゃないですか?一緒に練習した方が…」

「1枠」

「「え?」」

「僕は絶対に合格する。だから残り1枠しかないんだよ。他のグループと違って落ちる確率が高いんだ。君達が死ぬ気で練習して誰か一人で。それか僕を落とすくらいの勢いじゃないとダメだよ」


 候補生の奈良ならはETSUに諭され何も言えなくなってしまった。

 そんなことは関係ないと言わんばかりにめげずにETSUを誘う別の候補生。


「そんなこと言わないでやろーよ」

「君は…」

「余裕こいてると寝首かかれるよ?ウチらも手抜かないし」

「…今期の候補生は野心が強いね」

「ここにいる奴はみんなそうさ。だってDODのオーディション。夢の舞台なんだから」

「いいよ、やってあげる。ちょっとだけね」

「やりぃ!ETSU先輩あざ!」


 百百塚ももづか すず

 派手な髪色に濃いメイクの見るからにギャルな女の子。

グイグイくる彼女は、MOMOモモ TRAINトレインという最近解散したアイドルグループに所属していた過去がある。



 ETSUは嫌々ながら候補生達の練習に付き合った。

 半年間DODでやってきた彼女だが、どうにもみんなで息を合わせるというのは上手くいかない。

 突然何かを理解した百百塚。


「うん。わかった」


 他の候補生達の頭にはハテナ。


「え?」

「何が?」

「ETSU、お前このままじゃダメだ」


 意味のわからない事を言い出す百百塚に、ETSUは不満そうに対応する。


「…どうしてこの僕が?僕はちゃんとやってる」

「正直に言おう。ETSU…お前が上手すぎてウチらがついていけない」


 百百塚の意味不明の理論に拍子抜けて素っ頓狂な声を上げる。


「はあ?」

「だから、ウチらに合わせてくれ」

「どうしてそんなことをしなきゃいけないの?」

「これはチーム戦なんだ。個人だけ抜きん出てもダメだ。調和が大切なんだ」

「チーム対チームならね。でも僕らがやるのはチーム内での争い。僕の敵は君達だ。だから合わせない」

「ふーん…あ、そう。みんなの実力が発揮されないまま勝って嬉しいんだ」

「勝てるならなんでもいい」


 ETSUはかなり傲慢な言種だったが、百百塚も負けていない。


「なるほど。圧倒的な差でねじ伏せる暴力的なパフォーマンスがお望みかい?」

「…は?」

「ETSUが言ってるのはそういうことだ」

「僕が暴力的?笑わせないでよ。僕は…」

「それは比喩だ。怒るなよ大人げない」


 百百塚がにっと笑うと、ETSUの肩を組む。


「ウチが言ってるのはみんなの力を引き出すパフォーマンスをしようってコト。チームで、敵。そうかもしれないけど、みんなが本気を出して戦った方が燃えるだろ?」


 上手いこと百百塚に包められ、ETSUは仕方なくグループメンバーに合わせる動きをしてみることにした。




 するとどうだろう、ETSUは少しやりづらそうではあったが他のメンバーが生き生きとパフォーマンスを披露してくれるようになった。

 ETSUは張り合いがないと思っていたが、その考えも変わった。


「ももちゃん!私ちゃんと出来てたかな⁉︎」

「うん!息の使い方が上手くなってきたね!ウチも頑張るぞ〜!」


 いつの間にやら空気も良く、良い練習環境だ。

 一緒にいた候補生達も、ETSUに質問が出来るほどに。


「ETSUはどうしてそんなに綺麗に踊れるの?」

「どうって…感覚で」


 適当なアドバイスをするETSUを見兼ねて百百塚が口を出す。


「違うだろETSU。もっとこう、教え方があるだろ?意識してること、ないの?」

「………意識」


 ETSUは言葉に詰まる。

 百百塚は目をじとっと下げ、たんと言った。


「お前人に教えたことないだろ」

「あ、あるよ」

「じゃああれだ。自分が出来てることじゃなくて、みんなが出来てないことを教えてあげるんだ。ウチって何が出来てない?」

「…表情にメリハリがない」

「そうか!そしたらどうしたらいい?」

「Cメロとかの音数が少なくなるシリアスなシーンでは悲しい表情を作る。全部楽しそうにやってたら曲の世界観が台無しだ」

「なるほどな!ありがとうETSU!みんなにもあるか?」


 先程百百塚に言えたように、他の候補生達にもアドバイスをする。


「………えと、秋原あきはらは動きが硬い。こう、指先とか、本当に先の方まで神経を使って流れを表現して柔らかく………いや、その前に綺麗に踊ろうとしすぎて無意識に力が入ってる感じがする。力まないで自然にやって」

「なるほど!ありがとうございます!」

「ETSU先輩!私は私は?」

奈良ならは…ダンス未経験?ワンテンポ遅れてる気がするんだ。振り付けを思い出しながらやってるとラグが発生するから"ここのフレーズはこう"って覚えるところからだ。歌詞とダンスを一つのブロックで覚えるとやりやすい。

 今回のこの曲はDOAのMIWミウが振り付けしてる曲で、歌詞にマッチする振り付けが考えられてる。覚えやすいと思うからちゃんと覚えて」

「あ…確かにそうかも。ETSU先輩すごいや…ありがとうございます!」

「私もETSUみたいになりたーい!私にも教えて?」


 随分柔らかい雰囲気になったETSUに対して、百百塚は悪戯に笑う。


「どうだ、楽しいだろ」

「ッ…!別に」

「ケケケッ、嘘言ってら」


 それからグループ①のメンバーは馴染んでいき、それぞれが生き生きとしたパフォーマンスが出来るようになっていた。

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