第20話 💙青部屋 -後-

「一緒にいいかな?」


 白部屋の高戸たかとが声をかけてきた。

 それに…ETSUエツも一緒だ。

「ETSUさん⁉︎」


 かなり嫌そうな顔をしているが、高戸は全然気にする様子もなく腕を引っ張る。


「一人にしてよ」

「ダメですよ悦叶えっかさん。来週にはチームメイトになるかもしれない2人ですよ?」

「わかんないよ。プロデューサーの気まぐれで全員クビかも」

「どうでしょうね?さ、座りましょう」


 ETSUの言葉を軽く聞き流し、菊月きくづき本明ほんみょうの向かいにETSUを無理矢理座らせた。

 不機嫌そうなETSUを横に置いて高戸は二人に質問をした。


「朝はどんな練習をしたの?」

「筋トレをメインでやったんですけど、私が根を上げてしまって」

「なるほど。確かに基礎体力は大切ですね。私もルーティンに取り入れてみよう」


 雨は普段運動をするタイプではないらしく、スタミナがない。

 それなのに初めに立てた目標が桁違いだったのは、ある意味大物なのかもしれない。

 

「しかし雨もよくそんな体力で残れたな」

「もう意地です…どうしてもDODになりたいんです」

「50回も厳しいのに最初の目標は500回だったんだぜ。ウケるよな」

「そ!それは言わなくていいです!」


 今まで黙っていたETSUが突然口を挟んだ。


「関係ないよ」

「「「え?」」」


 ゆっくりと口の中のものを飲み込むと、説明するように喋り始めた。


「プロデューサーは体力面なんて気にしてない。負けず嫌いで、情熱的な候補生を求めてるんだ」


 菊月は納得し兼ねた。


「でもよ、最初の砂浜マラソンなんてまさに体力測定だったろ?」

「ううん。あれも20km走れなくたって良かったんだ。測ってないから」


 ETSUしか知らない情報の為、皆驚いていた。


「え⁉︎そうだったんですか⁉︎…そういえば私、そんなに走ってはいないような…」

「ETSUは最終審査も同じだって言いたいのか?」

「うん。第一期のDODは野心がなかった。だからみんな辞めていった。今回はそこを重視して選考してるように見えた」


 それを聞くと、最終選考ではどう魅せるべきなのかと、改めて考えさせられる。


「純粋なパフォーマンス力じゃないのか…」

「野心…」


 ETSUはどこか曇ったような表情でぽつりと呟いた。


「そうなったのは僕の所為、だろうけどね」

「…え?悦叶さんの?」



 それを側で聞いていた茶部屋の八ツ波やつなみが割って入る。


 「ETSUが超越してたんでしょ」


「八ツ波さん」

「ETSUはDODを全うした。それについていけない腰抜けが抜けていった。そういうことでしょ」


 本明は八ツ波の言っている意味がわからなかった。


「どういうことですか?」

「ETSUと張り合えるやつがいなかったんだって!だから3人もリアイドール。でしょ?ETSU」

「……」


 察しのいい八ツ波がズバリと真実を言い当てた。


「だから審査もこのとおり、バテバテヘロヘロの雨ちゃんが残ってる。熱意がプロデューサーに届いてるから」

「そういうことだったんですね…!」

「………そう。だからガキが言ったように、僕の所為でグループは壊滅したんだ」

「ガキっていうな」


 色々情報が飛び交ったが、高戸が総括して考えてみる。


「うーん。でもそれだと審査基準も曖昧というか。何を目標に練習したらいいんだろうね?」


 別に深く考えていないのか、八ツ波は楽観的に笑い飛ばした。

 それに乗じて、本明や高戸も燃え上がる。

 

「さあねーっ。まっ、私は絶対なるけどね。んでETSUをリーダーの座から引き摺り下ろすの!あははは!」

「わ、私もなりますっ!DODになるためにここまで来たんですから!」

「それは私も同意見だね」


 ETSUは物憂げな表情を浮かべ、喋るのをやめた。

 候補生皆の決意が如何程のものなのか、来週には嫌でも決まる。




 一人食堂でボソボソと声を漏らす女が一人。


「ETSU…私は全部知ってるから。私はETSUのこと、わかってあげられる…」


 赤いマッシュヘアーの彼女はETSUにただならぬ感情を持っていた。

 何やら不穏な雰囲気を感じる。



 夜になり、青部屋に戻った2人は寝る前に今日最後の会話をする。


「なんだか、意外でしたね」

「ん?何がー?」

「DODのメンバーが辞めていった理由です。ライブを見ていてもそんな雰囲気は感じなかったのに、色々あるんですね…」


 DOA一期生メンバー、CUWクウAYEアイ、KOH《コー》。

 3人が辞めていった理由は、八ツ波の言う通りのものだった。


「ETSUが頭一つ抜けてたってのはまあ、納得だけど。それで辞めたくなっちゃうもんかねえ」

「一緒にやったらそう感じるくらい彼女のパフォーマンスはすごいのかもしれませんね…」


 本明が怯えているように見えて、菊月は心配する。


「…怖いか?」

「いいえ。俄然燃えてきました!」


 どうやら思い違いだったようだ。

 本明はいつになく内なる火を滾らせていた。


「雨は体力ないくせにメンタルは強えよなあ。何がそこまでさせるんだか」

「間違いなく、ETSUさんのおかげです。私はここで変わるんです」

「…ふっ。そうだな。さ、一週間頑張んべ!」

「はいっ!」

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