第9話 候補生『本明雨』

【合宿三日目】


 朝の7時に起床を迫られ、朝食を食べる候補生達。

 この後の実技審査からはETSUエツも審査員として参加するのだという。


 食堂では相葉あいばという強面の男が候補生達に厳しい言葉をかける。


「飯は残すなよ」


 半パワハラ的な審査を続け、まだまだ候補生達をふるいにかける。


「どうした本明ほんみょう。遅えぞ。食えねえのか」

「ごふっ…ふ、ふびばべん…」


 もうすぐ朝食の時間が終わるというのに、まだ全然食べ終えていない本明という候補生。

 彼女を脅し、急いで食べさせた。


「早く食え。食べ切らないなら昼も夜も抜きだ」

「ぐっ…ぉっ…おえっ…」

「他の候補生の迷惑だ、帰宅処分だ」

「た、食べばす…全部、食べます…」


 涙と鼻水で顔をびちゃびちゃにしながら食べ進めるも、また吐き気が催してくる。


「うっ…ぷ」

「本明、もういい。お前は失格だ」


 「「「キャー‼︎‼︎」」」


 その時、食堂内に黄色い声が響いた。

 相葉が何かと思って声のする方を見ると、ETSUが食堂に現れた。


「相葉さん、やりすぎです」


 本明はその姿に驚きを隠せない。


「ぇ…ETSUさんっ…⁉︎」

「なんだETSU。文句があるのか?お前の出番はこの後だ。引っ込んでいろ」

「オーディションと関係ないところで逸材が落ちていったら目も当てられません」


 その言葉に本明はハッとした。


「…!いつ…ざい」


 それとは裏腹に相葉は嘲笑する。


「はっ、そいつが逸材だって言いたいのか?」

「これはやりすぎです」


 相葉はETSUを睨みつけてこう言った。


「ETSU。お前にはガッカリだ。審査員はやめろ。お前も候補生達と同じ審査を受けろ」

「…わかりました」


 そう言うとETSUは候補生本明の隣に座り、残された朝食を素手で食べ始めた。


「え…ETSUさん?それミートソース…」


  それを見て相葉は号令する。


「…ふんッ。10分後にホールに全員集合だ!遅れるなよ」


 候補生全員が返事をする。

 その後、叱咤を受けた本明は、ETSUに感謝を表明する。


「あ…ありがとうございます…」

「もう食べれないの?」

「…はい、昨日の疲れが残ってて」

「どうしてDODに?」

「…えっ、あっ…その………変わりたくて」


 何やらDOAかDODに深い思い入れがありそうな様子だった。

 ETSUは簡単な応援を投げかけた。


「そう。頑張ってね」


 ETSUは本明の代わりに、素手のままむしゃむしゃと残りの食事を食べ続けた。


「その吐いたのは自分で片付けてね。僕でも流石に無理」

「あ…はい」


 本明ほんみょうあめ

 黒くて少しバサついた髪のパッと見地味な彼女は、近所にスーパーも何もない田舎からやってきた。

 だがDODに入りたい気持ちは人一倍だ。



 予定通りホールに全候補生とETSUが集まった。

 本物のETSUを一目見ることが出来て候補生達の士気も高まっていた。


 ETSUと鮫山がホールの座席に座って話している。

 その内容は…。


「何?相葉が?」

「はい。僕も候補生として実習を受けろと」

「ふむ…」


 鮫山が「馬鹿なことを言うな」と言ってくれることを期待してしまった自分が馬鹿だったと、ETSUは後悔することとなる。


「俺もお前はやるべきだと思っていた」

「……」


 ETSUが本当に本当に嫌そうな顔をするもので、鮫山は説得する。


「まあ待て。相葉が言ったのは腹いせだろうが俺のは違う。

 まずひとつ。ETSU、お前がいれば他の候補生の士気が上がる。ふたつ、未来のDODになるかもしれんやつらだ、今のうちにコミュニケーション図っとけ。みっつ、見てても暇だろ。体動かしてこい」


 最もらしい理由を並べられたものの、ETSUの心には何にも響かなかった。

 ただプロデューサーの言うことに逆らうわけにはいかないので、本当に本当に嫌々、実習に参加することにした。



 それから数分後、鮫山が号令をかける。


「えー、これから4人1組でDOA、DODの楽曲を歌って踊ってもらう。これはDOAで実際に練習する流れと同じだ。気を抜かずに、本気で、それでいて力を抜いて自分らしさを出しながらやってくれ。ETSU、お前はグループ①だ、5人でやれ」

「……」

「ETSU、返事は」

「… はい


 めちゃくちゃ小さく返事が聞こえたので、鮫山は良しとした。


「今から4人組と課題楽曲を発表する。発表されたチームから順々に練習を始めろ。発表は14時だ」


 こうしてグループでの実技演習が始まった。

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