第8話 候補生『真喜屋兎架』

【合宿二日目】


「砂浜ランニング20km。上位20名合格。下位20名即失格。DODに入りたいやつは是が非でも走れ」


 とてもじゃないが普通の街から出てきたようなか弱い女子が簡単に走れる距離ではない。

 持久力、体力というより意地を見せてほしいと鮫山さめやまは言う。

 このグループでやりたいやつは走れ、と。



 いきなりの根性論を押し付けられ必死に食らい付く候補生達。


 陰でETSUエツが試験の様子を眺めていた。

 役職はわからないがたまーに会う松江まつえという男と話していた。


「僕こんなのやってないですよ」

「今期から採用した。20kmなんてのは適当で、測ってない」

「えっ」

「走る意志を見せないやつを落としていく。わからなくても走り続ければ終わりはくる。それをワシらは判断する」

「こんなアバウトな試験でいいんですか」

「これで負けず嫌いなやつは残る」

「適当じゃないですか?もっと歌唱力や演技力を見てあげた方が…」

「いいや。この試験が必ず生きる。今後のお前のアイドル人生にもな」

「そうなんでしょうか」


 そんな話をしていると、何故かコース外のこの場所にヘロヘロと向かって来る人間がいた。


「ヒィ…ンヒィ…し、しにゅ…」


 松江がそれに気付き、ETSUに一言。


「リーダー、手助けしてやれ」

「え?僕が?」

「一緒にDODやるかもしれんだろ」

「そうですが…」


 渋々彼女の元へ向かうと、それと同時にパタンと倒れた。


「きゅぅ…」

「ちょっ…こんなトコで死なれても困るんだけど」


 その声を聞いて体がピクリと反応した。


「今頭の中にETSUの声が…ここは天国…ウチ死んだんか…」

「だから死ぬな」


 それが幻聴でないと分かり、その女は突然起き上がる。


「エツ⁉︎」


 真喜屋兎架まきやうか

 黒髪セミロングで喋り方がちょっと変わっている。顔が特別可愛いわけではないが愛嬌と雰囲気が良い。


「えっちゃん⁉︎本物やぁ〜‼︎ファンですー、こんなところで何しとんね?」

「こっちの台詞。ここコース外だよ」

「あちゃーそうだったんや…いかん‼︎このままじゃ脱落してまう!じゃあまたな、えっちゃん!」


 さっきまでフラフラしてたのに元気に走り去って行った。


「…変なの」



 無茶苦茶な試験により40名がふるいにかけられた。

 あっという間に20名が決まり、不合格の20名は即座に帰宅処分を受けた。

 楽しい時は、一瞬だった。


 第一関門を突破した合格者達は過酷な運動により疲労困憊こんぱいだ。

 だがこんな状態であっても厳しいスケジュールと審査内容に変更はない。

 明日にはもうDOA、DODの楽曲に沿ったダンス実技審査の練習が始まるのだという。

 残された候補生達の半数近くは早くも根を上げていた。



 豪勢なご飯は初日だけだった。

 しかし昨日甘やかされた手前文句を言うわけにもいかない。


「今日もお疲れ。ずっと喋るが、食べながら聞いてくれ」


 鮫山は残った候補生に労いの言葉をかける。

 

「しっかり食べて、しっかり休め。明日からはパフォーマンスの実技審査だからな」


 言葉は優しいが、審査は鬼だ。

 こんな体で明日から実技審査だなんて気が遠くなりそうだ。

 まるでDODになることは生半可ではないと教えられているようだった。


「ちなみに現メンバーのETSUが審査員として参加する。生温いパフォーマンスをするやつには厳しいぞ」


 候補生達はETSUの名前を聞くだけでテンション爆上がりだ。

 ライブ以外でのETSUを見ることができるということに興奮を隠しきれない。

 再度気合を入れ直し、明日に備える。



 その後夜遅くにETSUが鮫山の元に訪れた。


「プロデューサー」

「なんだ」

「大丈夫なんでしょうか」

「何がだ」

「審査が厳しすぎるような気がします。このまま候補生達がいなくなってしまうのでは?」

「それで消えていくようなやつはDODには必要ない」

「……」

「なんだ、可哀想か?」


 ETSUは合宿の審査内容、そして鮫山の候補生達に対する厳しさが目に余るようだった。


「生半可な覚悟で来るやつを加入させても同じことの繰り返しだ。これはお前の為にやってることでもあるんだ」

「……」

「俺には俺のやり方がある。文句は今後受け付けないからな」

「わかりました」


 鮫山は審査のスタイルを変えるつもりはないようだ。

 どこか不安げなETSUだったが、飲み込んで部屋に戻っていった。

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