第55話 平和が戻ってきた

 若葉は荷物をまとめて、家からいなくなった。地獄の日々からようやく解放され、平穏な日常が戻ってきた。


「勝、気分はいいか?」


「ああ、すっごくいい」


 当たり前の日常を幸せに感じられるなんて。普通はつまらないようで、一番の幸せといえる。


「素行をきっちりと調査しておけばよかった。肝心な情報収集を怠るなんて、社長失格といわざるを得ない」


 とうさんは○○○株式会社の社長。300人の社員を雇えるほどの剛腕を振るっている。


「今回の失敗で、さらに強くなってみせる。ただの失敗では絶対に終わらせないから・・・・・・」


 失敗を糧に自らを成長させていく。とうさんのここの部分は、しっかりと見習おうと思った。


「美穂の病室に行ってくる」


「とうさん、いってらっしゃい」


「多忙で時間はあまりとれないけど、相談に乗れるところはしっかりとのっていく。困ったことがあったら、すぐに相談してこい」


「ああ、頼りにしている」


 冷血、冷淡、感情を殺した男はときとして、温かい父親になることもある。後半の部分だけであったら、理想の父になれたに違いない。


「勝、何か食べたいものはあるか?」


 数秒だけ考えて、率直な気持ちを伝える。


「特に食べたいものはない。一般的な食事をできればそれでいい」


 当たり前の食事を当たり前にできれば十分。キャビア、フォアグラなどの高級食材は一切不要だ。


「わかった」


 軽い息を吐いたあと、話題の方向性をチェンジする。


「美穂さんには、若葉のことを伝えたのか」


 父は腕組みをする。


「これから伝えるつもりだ。一人で片づけておくから、お前はかかわらなくてもいい」


 面倒なことを率先してやろうとする。社長になるためには、重要事項なのかなと思えた。

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