第37話 父からの温かくも冷たい提案

 父から思いがけない提案を、若葉の母に対してする。 


「君の娘を、一人暮らしさせるのはどうだ。お金はたんまりとあるから、高校卒業までの生活費、学費は十分に賄える」


 裕福な家庭だからできる究極の解決法。貧乏だったら、共に生活するのを余儀なくされる。


 若葉の母は考えをまとめてから、父の提案に対する回答をした。


「それはできません。たった一人の娘を、見殺しにするわけにはいきません」


 娘を産んでいなければ、三人で悠々自適の生活を送れた。不良を産んでしまったがために、人生は狂う羽目になった。


「君はこのままだと、再び倒れるのも時間の問題。病室に運ばれたら、娘を見殺しにすることになるぞ」


 若葉の母の収入はきつきつ。病室に運ばれた時点で、家賃を払うのは厳しい。二人は路頭生活を余儀なくされる。


「そうなったとしても、娘を守り抜いていきます。あの子を産んだ親として、高校卒業までは面倒を見ます」


 父は下唇を軽く舐める。


「こちらからいえることはこれだけだ。結論については、よく考えるといい」


 若葉の母親は俯いた。


「わ、わかりました」


「仕事が立て込んでいるから、しばらくしてから話を聞きたい。こちらとしてはなるべく、君に悪いようにはしたくない」


 父はネクタイを締め直すと、病室をあとにする。若葉の母は、再婚した男をしっかりと見つめていた。


「勝さんのおとうさんは、家を外すことが多いですね」


「はい、そうです。家に帰ってくることはほとんどありません」


「一人で寂しくなかった?」


「おかあさんがいてくれたから、そこまでは寂しいとは思うことはありませんでした」


 父は家庭にいるだけで、重苦しさを感じることも多かった。それゆえ、不在を喜んだりしていた。


 若葉のおかあさんは息を吐いた。

 

「家庭をもっと大切にする人と、再婚したほうがよかった。お金は重要だけど、他の部分も満たされたいと思う」


 結婚をしたからこそ、見えてくる部分はある。外からだけでは、わかる情報は限られる。


「父は良くも悪くもあんな感じの人です。割り切りはいいのですが、冷めているんです」


「そうだね。オンオフだけで生きているみたい・・・・・・」


 若葉のおかあさんは、ヨーグルトを口にする。おなかがすいているのか、食べるスピードは早かった。


「勝さん、おにぎりを買ってきてちょうだい」


 若葉のおかあさんから、400円を受け取った。


「わかりました。おにぎりを買ってきます」


 売店に向かう途中、若葉と顔を合わせることはなかった。自分を助けてくれた母を見殺しにするなんて、人間の所業ではないと思った。

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