第21話 若葉の母親が帰宅

 階段を下りたのち、一人の女性と顔を合わせる。


「おかあさん、お仕事はどうしたんですか?」


「若葉の体調不良を伝えて、仕事を切り上げてきたの。勝君に全部を任せるのは申し訳ないからね」


 雑炊用の鍋を手に取ると、若葉の母は何をするのかを察した。


「雑炊を作ってあげるのね」


「はい。料理下手なので、おいしいものは作れませんけど・・・・・・」

 

「私が代わりにつくろうか」


 料理を作る手間を省け、若葉はおいしいものを食べられる。一石二鳥でいいことづくめだ。


「お、お願いします」


 若葉の母親は冷蔵庫から、白菜、人参、ネギ、しょうがを取り出す。


「おかあさん、具材たっぷりですね」


「野菜をしっかりとらないと、病気は長引くからね。一に栄養、二に栄養、三に栄養、四に栄養だよ」


「若葉は体が弱いんですか?」


「そんなことはないよ。高熱を出したのは、10年ぶりくらいだからね。バカは○○ひかないといわれるけど、そのとおりの肉体をしているよ」


 娘に悪い印象を持っているのか。彼女の心の奥底にあるものまで、読み解くことはできなかった。


「若葉のことは許せない?」


「はい。浮気は絶対に許せないです」


 若葉の母は、二、三度頷いた。


「私も浮気されたから、それはすごくわかる。一回きりだとしても、関係継続は難しい」


 浮気で家庭崩壊したのに、娘も同じことをする。わがままな女の脳に、学習能力の4文字は存在しなかった。


「私たちと一緒に生活するのはイヤ?」


「イヤです」と伝えたら、すぐにでも出ていく。若葉の母の目は、そのように主張していた。


「当分はやってみますけど、無理という結論になるかもしれません」


 二人がいなくなったら、一人ぼっちの時間は格段に増える。寂しさに包まれていたときに、完全に逆戻り。わがままな女と過ごすよりも、ある意味できつい状況といえる。


「無理はしなくてもいいよ。私たちは住む場所を探して、すぐにいなくなるから・・・・・・」


 母はまともなのに、娘はろくでなしに育つ。不倫をした父の遺伝子を、色濃く受け継いでいるのかな。


「若葉のために必死になってくれてありがとう。育て親として、心から感謝を申し上げます」


「そ、そんなことは・・・・・・」


 若葉の母は大きな欠伸をする。


「若葉はどうして、こんなにいい人を捨てて、六股男を選ぶんだろうね。人間はできる人間よりも、ダメ人間にひかれるのかもしれないね」


 あなたもそうです、とは口が裂けてもいえなかった。そんなことをいったら、どうなるかわかったものじゃない。

 

 若葉の母親は手際よく、雑炊を完成させた。


「雑炊は完成したみたいだね。あの子のところに、持って行ってくれる」


「わかりました・・・・・・」


 若葉の母の目には、大きなクマができていた。娘を養うために、無理をしているのが伝わってきた。


「体調が悪そうに見えます。あんまり無理をしないでくださいね」


「あ、ありがとう・・・・・・」


「若葉を看病しますので、今日は眠ってください。働きづめの生活を送っていたら、倒れてしまいます」


 若葉の母親は、涙をぽつぽつと流した。良くないことをいったのかと、大いに不安になった。


「若葉にそれをいってほしかった。あの子は一度たりとも、私を気遣うことはなかったもの」


 女手一つで働いている母にも、冷たい態度を取る。あいつの人間形成は、修正のきかないところまできている。大人になったら、地獄に落ちていくのは確実だ。二股された男としては、黙って落ちていくところをゆっくりと見てやろうじゃないか。

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