第11話 殺人雑炊(若葉編)

「雑炊を作ってきたぞ」

 

「あ、ありがとう・・・・・・」

 

 双水の見た目はごくごく普通である。調理をしない男も、これくらいは問題なくできるらしい。


「た、食べさせて・・・・・・」


 好きな人に「あーん」をさせる。我ながら機転が利くと思った。


「おまえはガキか。そこまでは面倒を見切れない」


 若葉は咳をすることで、同情を誘う作戦を取った。


「40度の熱を出した女に万が一のことがあったら・・・・・・」


「自力で食べられないほどにひどいのか」


 嘘をつき続ければ、「あーん」をしてもらえる。脳から繰り返し、「ごりおせ」、「ごりおせ」という伝令が送られてきた。


「うん。今は自力で食べられない」


 勝は大袈裟な溜息をつく。わがまますぎる女の相手は疲れる、とでも思っているのだろう。


「しょうがないな。今回だけは特別に雑炊を食べさせてやる。マスクを取ってくるから、ちょっとだけ待ってろよ」


 マスクをすることで、熱を映らないようにするのか。細心の注意を払おうとしているのが伝わってきた。


 胸にしまい込んである、パンツのにおいを嗅ぎたいけど、今日は我慢だと言い聞かせる。娯楽は室内の鍵をかけたときだけの特権事項だ。


 勝はマスクとフェイスガードをつけ、こちらの部屋に戻ってくる。マスクは分厚さからして、三重、四重はしている。熱を移されたないために、石橋をたたいて渡ろうとしている。40度の高熱とはいえ、ここまでされるのは心外だ。


「待たせたな。雑炊を食べさせてやる」


 大きく口を開けると、勝は雑炊を食べさせてくれる。甘い気分になれると思ったけど、現実はそうではなかった。雑炊を口に入れた瞬間、本能的に吐き出す。


「し、しょっぱすぎるわよ。どんだけ塩を入れたのよ」


 塩分を中和するため、500ミリリットルのポカリスエットを一気飲みする。それでも、口の中は完全に中和されなかった。


「塩たっぷりがいいといったから・・・・・・」


「さすがにやりすぎだよ。あんたは加減というものを知らないの?」


 海水を遥かにしのぐ、致死量クラスの塩分濃度。勝の料理下手は、天文学レベルに達している。料理をするたびに、死者を生み出す。


「そこまではひどくないだろ・・・・・・」


 勝はマスクを外したあと、同じスプーンで雑炊を口に運んだ。間接キスをしたことに、心はおおいにポカポカとなった。


「う、うげ・・・・・・」


 若葉の使用したコップで、大量のポカリスエットを飲む。あの塩分の雑炊を食べたら、本能的に水分を欲しくなる。


「わ、わるい。塩分濃度を間違えた」


 故意にやったのではなく、塩分濃度を知らないだけか。こちらに強い恨みを持っていて、殺害をもくろんだのかと思った。


「塩分0でいいから、もう一度作り直してくれる。これはさすがに食べられない」


「俺は料理できないから、ドラックストアやスーパーで買ってくるといったんだ。そちらで買ったほうが、おいしく食べられるだろ」


 好きな人の雑炊を食べたい、正直な気持ちに嘘をつくことはできなかった。


「あたしは手作りを食べたいの・・・・・・」


「どこかで・・・・・・」


「手作りがいい。手作りがいい。手作りがいい。手作りがいい・・・・・」


「そこまでいうのなら、塩分0の雑炊を作ってやる。ポカリスエットを飲んで、しばらく待ってろ」


 目の前に置かれているのは、間接キスをしたばかりのコップ。一刻も早く、舐めたい気分に駆られるも、しばらくは我慢することにした。一度でも飲んでしまったら、心の中にある欲望を抑えきれなくなりそうだ。

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