第25話 【音梨夕愬】余命半年 その肆
気がついた俺の目の前に居たのは白い服を着た天使だった。
天使は俺が気がついた事を知ると慌てて居なくなってしまった。
しばらくすると、天使は白い服を着た医者を連れて戻ってきた。
「気がつかれましたか?ご自身のお名前は言えますか?」と医者に聞かれ、
「音梨夕愬です」とだけ答えると医者は説明を始めた。
「音梨さんはビルの屋上から落ちてふとももの骨を骨折してしまって緊急の手術が必要だったので今入院しています。麻酔から目覚めるのを待っていまして、先ほど目覚められました。ご気分はいかがですか?」と。
そうか、俺は死に損なったのか。
「そうですか。今は麻酔のおかげか特に痛いところはありません」と返事をすると病室に移動してよいと言われ天使たちは俺の乗ったベッドを運び始めた。
病室が近づくと母親が不安そうにウロウロと廊下を歩いて居た。
俺の顔を見ると、涙を流しながら珍しく俺をしかり始めた。
「なんて馬鹿なことをしたの!どれだけお母さんたちが心配したと思っているの!良かった。生きていてくれて本当に良かった」そう言って、医者に呼ばれて母はその場から席を立った。
生きていてくれて良かったか。
親から見たらそういうものなんだろうなと、幸せな家庭でぬるま湯につかって生きてきた俺は世間一般の親がそういう生き物しかいないんだろうと思い込んでいた。
俺は生まれてきたくて産まれてきたわけじゃないのに。
世の中はバブル崩壊で、それまで景気よく生きていたやつらが突然借金まみれになるなんてことはざらにあった。
まぁ、結局仕事すら辞めた俺はまた家に戻って無線しかない日々を過ごしていた。
ちょうどその頃俺の祖父さんが95歳のご長寿で他界した。
葬式では親戚一同が集まり、悲しむというよりも久しぶりの親戚との集まりで従兄に再会したりして元気にしているか?などと散々話しかけられてうんざりしていた。
そんな中現れたのは、唯一俺の心の隙間を埋めてくれる姪だった。
姪には妹が産まれていたので、正確には姪たちが現れるとしんみりと話していた大人たちは一気に姪たちにおやつを与えようと群がっていた。
親戚一同の中で小さい子供はこの二人しか居なかったもんだから、姪は妹を連れて広い屋敷を探検して回っていた。
それを姉はとても厳しい顔をしながら見ていた。
姉は変わらないなと思いながらも、姪は久しぶりに我が家に泊っていくことになった。
妹の方の姪はまだ小さく父親と姉と家に帰った。
姉は帰り際に姪のその日の行動は良くないと、まるで昔の母親と姉の再現を見ているかのようにしかりつけていた。
姉が帰った後、姪はしかられた事なんかなかったかのように笑顔で母の作るインスタントラーメンを縁側で食べたり、俺の部屋に来てベッドのスプリングで飛び跳ねたりと全力で遊んでいた。
もう一緒に風呂に入るような年齢じゃないかと遠慮していたが相変わらずの鶏ガラのような姪は親父を指名し風呂に入ることになった。
親父も孫可愛さに昔風呂に入る時には持ち込んでいた金魚のおもちゃをどこからか出してきては楽しみに風呂が沸くのを待っていた。
少し残念なようなでも、仕方ないなと思いながら風呂上りの姪の髪の毛を乾かしていた。
ちょうど俺がひねくれていた小学生のあの頃の年齢に姪もなったのかと思うと、当時の俺の嫌な思い出が蘇ってたまらなく恥ずかしくなった。
姪に
「学校は楽しいか?」と聞きたくなった。
姪は笑顔で「うん!友達いっぱいいて楽しい」と答えた。
姉譲りの器量の良さを持っているんだそりゃ、楽しいだろうなとホッとした半面、己の当時がより嫌なものに感じた。
その日は姪の希望で俺が一緒に寝る事になった。
保育園児だったころと比べれば随分大きくなったけど不思議と中身はそのままに見えた。
眠りにつきそうで、楽しい夜を勿体ないと思うからか、なかなか寝付かない姪にテレビを見せたりしながら俺の心は少しずつ暖かくなっていった。
布団の中で眠る前に姪は学校で男子たちに苛められていると言っていた。
小学生男子と言うものはだいたい好きな女子を苛めたりすることがあるからそんなに気にしなくていいような気がしていた。
「なんかあったら兄ちゃんが守ってやるからな」と言うと眠りについた。
俺が寝て起きる頃には活発に目覚め母と親父と一緒にワイワイしていた。
祖父が他界したこともあり、親父も定年退職をしたこともあり、姉家族はその後まもなく敷地内に建てて人に貸していた一軒家に引っ越してくることになった。
小学生の高学年だった姪は引っ越してもギリギリ通えるとの事で、通っていた小学校にそのまま通い卒業して中学生になった。
庭には親父が姪たちのために沢山の果物の木を植えたり、畑で苺を育てたりしては毎日学校から帰ってくると庭で友達を連れておやつの木に登り食べる姪を俺は窓から眺めていた。
俺も一緒に遊びたかったが、そういう訳にはいかないから、姪に今度アニメの映画に連れて行ってやろうか?と声をかけると、
「お友達も一緒に連れて行ってくれる?」と言うので、もちろんだと答えると、姪はとびきりの笑顔でとても嬉しそうに友達を誘っていた。
その話が姉の耳に入り、姉は姪を怒鳴りちらし、映画館の話はなくなった。
姉は俺のところにも来てこう言った。
「あんたは精神病なんだから人様の子供まで責任取れないんだから安易に連れて行くとか言わないでちょうだい」と。
屋上から飛び降りた俺はあれから精神科に通っていて、医者から【統合失調症】という診断を受けていた。
俺はなりたくて病気になったわけじゃない。
気がついた頃にはもう病気だっただけだ。
なんで病気になったのかすら俺にだって分からない。
家の壁も散々穴を開けたりして、親父も母親もそんな俺に何も言わなかったのに、姉は俺にとって見ない振りをしていた現実を突きつけてきた。
それでも、隣に引っ越してきた姪の存在が俺の心の救いだった。
姪は中学生になると運動部に入り一気に身長も伸びた分少しだけ体重も増えた。
それでも相変わらずのガリガリで俺は姪が遊びに来るたびにおやつやコーラを与えていたが全く太る気配がない。
そのまま高校生になった姪がアルバイトを始めたと聞き、俺も姪に負けないように仕事くらいしてみるかと、近所の写真やでアルバイトを始めた。
それと同時に母親が見合い写真を山のように持ってきた。
仕事を始めたから、病気は治ったんだろうと母親は思ったのだろう。
家柄だけ見れば見合い相手は山ほど居た。
姪に「兄ちゃんが結婚したらお前に10万円やるからな」と俺も上機嫌だったが、見合いは会った後に散々断られてしまった。
一人次回お食事をと言って頷いてくれた相手にプレゼントを贈ってなんとか結婚になるといいなと思ったが、いいプレゼントが思い浮かばないし、外に出て買い物なんて荷が重い。
姪に「兄ちゃんは彼女にオルゴールを贈りたいんだけど、いいものを探してきてくれないか?」と頼むとキョトンとしながらお金を受け取り、探しに行ってくれた。
後日、ピアノの形のオルゴールで中に指輪とか仕舞えるからプレゼントする時には中に更にアクセサリー入れて渡すといいかもね。
と姪に渡されたオルゴールだったが、アクセサリーは更にハードルが高くてそのまま彼女に渡した。
プレゼントした時はとても喜んでくれたと思っていたが、その後親に断りの連絡が来たそうだ。
姪が悪いわけじゃない。
会話を弾ませる事が出来なかった俺のせいだろう。
母親はなんど断られようがただただ次の見合い相手の写真を持ってきた。
「もう見合いはうんざりだ!」と言うと、母親は最悪は嫁として姪を俺にあてがえばいいと話をしていた。
法律では禁止されているはずだが養子縁組という形で姪はこのままいくと俺の子孫を残す道具にされてしまう。
俺は姪をそんな風に見たくなかった。
可愛い守るべき存在である唯一の光はこのままの俺では守るどころか穢すことになってしまうのか。
俺は睡眠薬をありったけ飲んで、そんな未来が来ないようにと願い永遠の眠りにつくことにした。
あの子だけは俺が守るんだ。
眠りについた俺の頭の中では走馬灯だろうか?ただただ沢山のモノクロのてるてる坊主の映像が流れていた。
俺の走馬灯ってこんなものなのか。
なんでてるてる坊主?
てるてる坊主・てる坊主 かねおりん @KANEORI
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