第9話 【らゆとえる】 享年20歳 その壱

俺にはとにかく金がなかった・・・・・・。


実家も貧乏で小さい時からそれが恥ずかしくて、とにかく将来の夢は金持ちになることだった。


テレビの中で色んな金持ちがいることを知って、どうすれば金持ちになれるんだろうと子供ながらに考えた事もあった。


うちには親父がいない。


お母さんが俺と弟を大事に育ててくれたのは分かってる・・・・・・。


でも親父がお母さんを捨てたから、そのせいで俺はこんなに貧乏で欲しいものも買ってもらえなくて、学校のクラスメイトからも虐められてきた。


お母さんに心配かけたくなくて、なんの相談もしなかったけど、中学を卒業し俺はお母さんが高校に行けと言うのを聞かずにさっさと家から出て、ここ東京は新宿歌舞伎町へとやってきた。


お母さんには弟がいるだろうし、弟にはちゃんと学校で虐められないように服とか買ってやりたいし、何より俺はテレビで見た歌舞伎町にとにかく憧れてしまった子供だったんだ。


ところが、勉強もろくにしてこなかったから知らなかった落とし穴があった・・・。


俺がなりたい職業は中学卒業したくらいの歳じゃ雇ってもらえないらしい。


とりあえずどんなバイトするにもまだ親の許可がいるらしい。


とりあえず、寮のあるバイト・・・・・・でも歌舞伎町に近いところがいい。


ネットでバイト情報を見ていたら、寮付きで16歳でも働けるバイトがあった。


新聞配達だ・・・・・・このご時世に紙媒体を俺が配ることになるとは思わなかった・・・・・・。


親に新聞配達の仕事をするって言ったら


「まぁ、とりあえずはそれでいいけど、大検とか取れば大学とかもいけるんだからね・・・・・・」と小言がついてきたが許可は取れた。


ただ、原付の免許もないし、もちろん金もない・・・・・・。


そして、新聞配達の仕事は朝がとにかく早い。


朝じゃないだろ・・・・・・夜中だろ。


チラシの折り込みやら、準備して自転車でとにかく朝刊も夕刊もひたすら間違えないように、見落とさないように必ず入れる・・・・・・400くらいはだいたい一日に入れてた。


先輩たちはいい年齢の大人が多いが、少し年上の先輩もいた。


おっさんたちからは


「10代なのにお前エライなぁ頑張ってるし、母ちゃん喜んでるだろうな」と言われたりするが・・・・・・どう接していいか分からないから苦笑いして返す日々だ。


少し年上の先輩はあきらくんと言って、話もよく合ういい仕事仲間になった。


「俺金持ちになりたくて、歌舞伎町で働きたいんだよね」と言うと、


章くんは


「金持ちか俺もなりたいわ、何したいんだ?」なんて日常で夢を語ったりして地道にお金を貯めていった。


章くんは、配達以外にも集金の仕事も契約を取ってくる仕事もしていた。


このネットニュースがスマホで簡単に読める時代に契約を取るのはとにかく難しいのに、章くんはすごい毎月必ず新規の契約を取ってくるし、集金だって逃げられることが多いのに、ちゃんと集金してくる。


「ねぇ、章くんなんでそんなに契約取るの上手なの?」って聞いてみた。


「俺らってさ、ここのおっさんらと違って若さっていう武器があるじゃんよ、この仕事休み時間変な時間にしかないし、休みも少ないじゃん?」


俺はこの仕事で若さがどう武器になるのか分からなかった・・・・・・。


「若いからこそできることってなに?」と聞くと、


「お前だいぶ慣れてきたから最近最初の頃ほど疲れなくなってきたろ?」


そう言われると確かに最初の頃は早起きすらもきつくて眠い中作業して積んで配達して・・・・・・片付けして夕刊配達するまで空いてる時間はぶっ倒れて寝てたな・・・・・・。


「今はそうかもしれない、その日の新聞とか読んだりする余裕があるかも」


章くんは笑顔で俺の肩を叩いて


「そうだろ!お前新聞読んでんの?すげえな」と褒めてくれた。


スマホでやることなんか今は大してないから人生で初めてちゃんと新聞を読んでいる。


新聞はネットニュースと違って簡単に欲しい情報を探し出せない・・・・・・その代わり探してなかった情報や広告が自然と目に入る・・・・・・それがどんどん脳に刻み込まれていく感じがする。


読めない漢字も周りのおっさんたちに教えてもらったりして読める文字が増えてきた。


学校でちゃんと勉強しとけばよかったな・・・・・・とも思うけど知識増やすだけなら新聞は確かに紙媒体の方が目にも優しい。


でも、それが新規契約とどう関係するんだろう・・・・・・?


「俺はお前みたいに新聞読んでないんだけどお前のその行動も知識の吸収力も若さ故らしいぞお前はきっとでっかくなるよ」と章くんは言う。


「章くんは若さの武器どう使ってるの?」と直球で聞いてみた。


「俺はさ休み時間にこの町を練り歩くんだよ・・・・・・俺たちの休み時間てさキャバのお姉さんたちがアフターとか終えて家に帰るか飲みに行く途中だったりするんだよ・・・・・・そこをさ、声かけちゃうんだナンパみたいな感じでさ」


朝方にナンパ・・・・・・夕暮れには規制されて散々禁止アナウンスされている呼び込みに見られそうだけど・・・・・・。


「お姉さんたちもさ出勤前だとピリッピリしてるから夕方は駄目なんだけど、適度に酔っぱらってるお姉さんや、道路に倒れてるお姉さんは山ほどいるんだよ朝って。


そんなお姉さんたちにさ『お疲れ様です』って声かけてさ『どこのホスト?』って聞かれたら『僕まだ17歳で新聞配達終わって帰る所なんです』って答えると『ヤダ何この子えらすぎー!あたし契約しちゃうー』って簡単に契約してくれちゃったりするんだよ」


衝撃だった・・・・・・朝ナンパでもなく、呼び込みでもない10代の男の子しかも新聞配達という苦学生風な仕事に貢ぎたくなってしまう女性の心理をうまく使ったやり方だった。


これは確かにここのおっさんたちがやったら、逆にカモられるだけかもしれない。


実際カモられているおっさんが居る・・・・・・。


章くんは続けて


「で、道に落ちてる潰れてるお姉さんなんだけどさ、『お姉さんこんなところで寝てたら危ないですよ』って声かけてその辺で水買ってきて渡してあげるとさ、意識取り戻したときにめっちゃ感謝されてさ家まで支えて行ってあげたりするんだよ」


俺が寝てるか新聞読んでるかしている間にだいぶ章くんは色んな人と出会いまくっていた。


「それでさ、家に入ってーってお持ち帰りされちゃうんだけどさだいたいどのお姉さんもそのあとすぐ寝ちゃうから、お前が考えてるようなえろい事はしないんだけどね」と笑いながら言って続けた。


「俺いつも付箋持っててさ、夕刊の準備までにはここ戻らなきゃいけないからお姉さんと少し離れて寝てても俺が起きる方が圧倒的に早いから置手紙するんだよ『名前も知らないきれいなお姉さん呑みすぎて帰れなくなったら僕がまた送るから連絡してね』って年齢と名前と連絡先書いて置くとさ、寝てる間に何もされてないって分かってるのか安心して連絡してきてくれるんだよね。もうほぼテンプレよ」


「章くんえろい事したくならないの?」俺は何を聞いているんだ?


大笑いしながら章くんは答えてくれた


「そりゃしたいだろ・・・でもさそれじゃ契約取れないっしょ」と。


確かに送ってやることやっちゃったら、酔っぱらった女の子を意識のない状態で犯すことになっちゃって契約なんて取れるわけないか・・・それどころか訴えられる?いや・・・俺らって年齢で守られてるんじゃなかったっけ?


「俺ら訴えられることないよね・・・条例で守られてるから・・・」って言ったら、


「そう、だから条例違反になっちゃうのはお姉さんたちなんだよね。だからたまにすぐ寝ちゃわなくて襲ってくるお姉さんいるんだけど、『ごめんなさい僕まだ17歳でお姉さんに迷惑かけちゃうから』って断るんだよ」


そうなんだ・・・・・・勿体ない気もするけど・・・・・。その誠実さが逆に契約につながるのか・・・・・・。


「章くんてもうすぐ18歳じゃない?そうしたらどうするの?やっちゃうの?」本当に俺は今欲望のままに聞いているな。


章くんは突然耳打ちして


「俺さ18になったらここやめてホストになろうと思ってるんだよ・・・・・・。お前の夢もホストだったじゃん?俺も金持ちになりたいしさっ」と小声で話した。


そう、以前俺が夢を語った時に章くんは食いついて楽しく話していた。


ってことは、今やってるのって・・・・・・。


「気づいちゃった?俺はさお姉さんたちみんなに集金に行くたびにさ『もう少しで18歳になるんだ』って言ってあるんだよ。えっろいことするのはもっと先にするつもりなんだけどさ歌舞伎町一のホスト店舗にさいきなりこれだけのお客さん連れてくる新人ホストってかっこよくない?」


すごい・・・・・・この土地でしかかなえられないかもしれない方法で若さを本当に武器にして未来を見据えてマメに連絡とって誠実さすらも刷り込んである・・・・・・綿密な計画だ。


そうして、章くんは晴れて18歳を迎え俺の憧れの歌舞伎町でいきなりシャンパンタワーを初日からガンガン入れてもらって、本人は飲めない分お客さんであるお姉さんたちと先輩ホストたちに大いに祝ってもらったらしい。


章くんが居なくなって、俺は新聞も読んでいたけど時々章くんの真似をして街を練り歩くようになった。

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