第4話 【黒木昭文】享年53歳 その参

海野家は両親とも根っからの東京生まれ、江戸っ子って人らだった。


弟がいるらしいと事前に聞いていたが弟はずっと自分の部屋から出て来ないらしくその日は会うことはなかった。


ドラマとかでよく見る「お嬢さんを僕にください」をしにきたのだが、答子が帰ってくるなり両親とも激怒している。


まぁ、一か月も家出してりゃそうなるよな。


「あたしこちらの黒木さんの赤ちゃんがお腹にいるの」えぇぇぇ先にそれ言っちゃうか。


すると両親とも「子どもなんか堕しなさい、結婚なんか許さない」と散々な返事だ。


「あの、僕がお嬢さん孕ませたんで僕に文句言ってもらっていいですか?答子さんお腹であんたたちの孫育ててる最中だから」と言うと、見事な頑固親父パンチが飛んできた。


でも、「結婚するならお前の親御さんも一緒に連れてこい!」と言われてしまい、渋々あのうちのダメ親父に連絡することになった。


ーーー「あ、俺だけどガキできてさ結婚することになったんだけど東京来れる?」


ーーー「お前は・・・まぁいい、いつ行けばいいんだ」と嫌に素直な親父だ。


後日親父を連れて改めて「お嬢さんを僕にください」をしに行ったら、前回とは真逆の対応で「不束な娘ですがどうぞよろしくお願いいたします」と台本のように返ってきた。


俺だけじゃ信用足りなかったんだな。今回ばかりは親父ありがとさん。


答子も「お父様お会いできて光栄ですわたくし昭文さんと出会えて本当に幸せです」なんて言ってくれちゃうから親父もデレデレだ。


ーーー「ゴホン、まぁいい嫁さんじゃないか」これだけの美人さんが可愛い嫁になるんじゃ親父も悪くないって顔をしている。


ところが、盛大な結婚式を挙げ、一緒に暮らすうちに美人なんてのはすぐ飽きると聞いていたように、あんなに愛おしかったピアニストさんの悪いところが目に付くようになった。


とにかく飯が作れない。掃除や洗濯は妊婦だしできなくても俺が出来るけど、


飯は俺が居ない時間も食わなきゃ腹の中のガキが育たないだろう。


俺は毎晩抱けもしないイライラを酒で紛らわせていた。


相当酒癖が悪かったんだろうあんなに頼ってきてくれていた答子はどんどん俺を避けるようになっていた。


遂に「私やっぱり子供を堕します。あなたとももう終わりにします」と言い出した。


色んなイライラで「おお、勝手にしろ俺だってガキなんか欲しかったわけじゃないや」と言ってしまった。


その日実家に帰ってしまった答子は母親と翌日には産婦人科に行き子供を堕胎してほしいと懇願したが、医者は法に触れるからできないと言い、答子は渋々俺らの家に帰ってきた。


それからというもの、答子は飯もほとんど食わずにリンゴばっかり食べては俺との会話なんかほとんどしないまま暮らしていた。


そして、答子が珍しく話しかけてきた「産まれるかもしれない」


俺は大慌てでとりあえず産婦人科に連れて行こうとしたが、何を用意すればいいのか分からない、お義母さんに電話して一緒に病院に向かった。


ウロウロとしながらガキが産まれてくるのを、いつの間にか合流していたお義父さんとも一緒に待った・・・。


随分時間がかかるもんだ・・・そういえば答子はあまり食べてなかったから無事に生まれてくるかも怪しいもんだ。


あいつは堕胎できないって知ってから自然に腹の中のガキが死んでくれないかとほとんど食わずにいたのかもしれない。


ここにいる全員が一度は殺せと言ったガキ・・・俺すらも要らないと言ったガキ・・・それなのに固唾を飲んで祈るように待っている。


もちろん答子の無事を祈っているんだろう・・・ついででいいガキも俺の子供も無事産まれてほしい。


ーーー「オギャーーーーーおぎゃーーー」と元気な産声をあげて娘が産まれた。


答子も無事だ。何故か流れる涙・・・俺はそれまでの答子への態度を深く反省して「ありがとう俺の子を産んでくれて」と答子に伝えた。


「名前・・・ちゃんと考えてあるのよね?」と言って看護婦さんたちに答子は連れていかれた。


ガラス越しに見る俺の子は鶏ガラのように細いのに、医者が言うには健康そのものだから保育器には入れなくても大丈夫だろうとの事で母子とも入院している間に俺は名前を決めて区役所に出生届を提出してきた。


結果、俺がその子に与えてあげられたのは唯一その名前だけだった。


退院したら親子三人の暮らしが待っていると思っていたが、里帰りをした答子はそのまま離婚届を送り付けてきた。


頑固なお義父さんに持たせて。


一目、会わせてほしいと懇願しても、「お前は子供は要らんと言ったそうじゃないかあの子は我が家でしっかりと育てるからお前はこの書類に署名捺印すればいい。これでまた自由な生活ができるだろ?ろくに家事も出来ない娘で苦労もしたろう」


そう言って手切れ金まで押し付けられて、俺は離婚した。


大恋愛とまでは言わなくとも三十路で恋をして結婚をして子供が生まれてそこで家族が終わって、途方に暮れていた俺は、相変わらず夜の街で酒を煽っていた。


言い寄ってくる女も居て、俺が離婚してあっち側に子供もいるって話をしたら、同情してくる女もいれば、話を聞くなり離れていく女もいた。簡単に抱ける女も相変わらずわんさかいた。


あれから一年以上経ったか、俺の娘はどうしているんだろう・・・。


そんなことを考えながら抱くだけの女のうち一人の女が「子供が出来た」と言い出した。


今度こそちゃんと父親になろう!そう心に誓って散々離婚を迫られても応じずにいようとその女と再婚をした。


初めての長男が産まれ、娘はいつか嫁に行っちまうけど息子は嫁さん貰う立場だもんな大事に育てよう、そう思って、初めての家族3人の生活が始まった。


そうなるとなぜか答子の事、俺との娘の事が気になっても来た。


妻の目を盗み仕事中に答子の実家に電話をしたが、どうやら引っ越したらしく俺は電話帳でひたすら探して見つけ出した答子の親父さんの電話番号にかけた。


「はい、海野ですがどちらさまでしょうか?父も母も今おりませんので伝言を預かります」と懐かしい答子の声だ。


「あ、ほら俺だ黒木・・・俺の娘は元気にしてるかなって思ってさ」と言うと


「なぜここの番号が分かったの・・・」と声色がだいぶトーンダウンしてしまった。


「電話帳にさ載ってるから簡単に分かるんだよ、それよりさ俺再婚してさ」


それだけ言ったら「もう二度と連絡しないで」と言って切られてしまった。


それからは電話帳から消えて見つけられなくなってしまい、何度か興信所を使ったりしながら、答子が再婚したらしい、子供を産んだらしいって情報にイライラする度、妻を乱暴に抱いては酒を煽った。


二人目の妻との子は三人授かったっていうのに、手元にいる息子たちに目もくれず相変わらず俺は事あるごとに答子の新しい電話番号に電話して、娘はどうしているかなんてことを聞いては電話を切られていた。


息子たちにも、会えない娘にも親父らしいことなんか何も出来なくてただバブルのはじけた東京から少し離れて、誓いはどこへやら相変わらず酒浸りで妻にも子供にもろくに愛情なんてかけてやれなかった。


その妻との三人目の子が三歳になる頃、


「あなた私たち家族よりも結局前の奥さんに未練があって、まだ連絡しているのね」と離婚届を持って来られ、あんなに応じないつもりで再婚したはずの俺だったが、


長男の反抗期が気に喰わなくて散々殴り倒すこともあったせいで虐待とみなされて離婚が成立しちまった。


財産を散々取られ、俺はひとり狭いアパートでそれから8年女にも手を出さずに酒に溺れて、ついには医者に「もう酒を飲んではいけない」と言われる始末だ。


俺から酒を取ったらもう何も残らないだろうが・・・。


意識が遠のくまで飲むんだ・・・夢の中では家族がみんな俺の傍にいてくれるんだから・・・。


フワっと家族が夢の中から消えて二つのてるてる坊主が俺の前に現れた。


そういえば俺の人生はほとんどが曇天だった唯一晴れたのは4人の子供が生まれた日だけだったような気がするな。


「おう、てるてる坊主さんら明日の天気は晴れか?」と聞くと


「「あなた方は53年の黒木昭文の人生を今日晴れて卒業することができました。おめでとうございます」」


と声を合わせて確かにそう言った・・・俺は死んだのか。

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