2 北嶺を越えてきた男
ベティーは翌日、役場の依頼で渡り魔女定番の結界の保守点検に向かった。
近くに魔獣の出没する小さな遺跡があり、魔獣を封印している結界の補強に行くのだ。
ベティーはミーと一緒に、村はずれの崩れた石積みの廃墟にやってきた。
雪に覆われ閑散とした遺跡の狭間から、口笛のような風の音が亡霊の鳴き声のように響き渡っている。
『不気味な遺跡だね。ここから魔獣が出てくるの』
「そう。小さな魔獣だけど、家畜を荒らしたりするからね」
ベティーは短いワンド(魔法杖)を取り出しながら、倒れかけた石柱の隙間の真っ暗な空間に注意深く入っていく。
すぐに光の魔石を灯すと、部屋の中央に柵で囲まれた井戸のようなの竪穴が浮かびあがり、そこから妖気が湧き出ていた。
ミーは這いつくばるように姿勢を低くし
『前のバハムートのいた遺跡とは桁違いに小さいけど、いやな妖気だね』
警戒モードのミーに、ベティーは意外な表情で
「へえー、ミーは妖気を感じるんだ」
『うん。わかるよ』
「そう……」
ベティーは少し感心すると同時に、何か考え込んでいる。
そんなベティーにミーは顔を向け
『どうしたの』
「前から思っていたけど。ミーは不思議な猫だね。私が魔法使いだからもあるけど、人間の言葉が話せて理解出来る猫は
最後は冗談ぽく言うと
『ええー、やめてよ。昨日言っただろ、本当に由緒正しい猫なんだから』
「はいはい」
ベティーが生返事をすると、ミーは再び穴を睨みながら
『でも、前のバハムートも遺跡から出てきたよね。遺跡と魔物に関係があるの』
「よくわからない。遺跡が造られた大昔に何かあったのかもね」
『そうだろうけど、迷惑な話だね』
ベティーは頷いたあと、呪文を唱え始めた。
穴の周りが鈍く輝き、目を閉じて五感を研ぎ澄ます。
しばらくして、詠唱を突然止めると
「どうしたのかしら。かなり摩耗している。このまえのアステカの街の結界も結構痛んでいたし。こんなことは、あまりなかったけど」
違和感を覚えたが、他に異常はないので再び魔力を注ぎ始めた。
『何か、起こっているのかな』
ミーも不可解のようだ。
「念の為、封印を強くしておきましょう。追加料金がほしいところだけどサービスで』
『相変わらず、人がいいね』
ミーの苦言に、苦笑いするベティーだつた。
結界の劣化については、モヤモヤしたものがあるが、すぐに解明できそうにないので、そのまま結界の強化に傾注し作業を終えた。
◇荷馬車と薬草
ベティーが遺跡から戻ってくると、村はずれに荷馬車が数台停まって出発するところだった。
この時期に村から荷物を運び出すことはあまりなく、馬車に座っている御者に聞くと
「北の国で病が広がって、その解毒薬になる薬草を持っていくんだ」
ベティーは頷いたあと、荷物を見ると
「
「
「黄斑病! 最初は風邪のような症状だけど、専用の解毒薬を飲まないと死に至る病気だよ。それに、感染力が強いから、おじさんも気をつけないと」
心配するベティーに、御者の男は微笑んで
「俺たちは予防薬を飲んでいるから大丈夫だ。それと、この村に薬の備蓄は十分にある」
「それならいいけど。でもこんなにたくさん」
「爆発的に蔓延して、大きな都市では薬が足りなくて各地から高値で買い取っているらしい。さらに人の出入りを禁止して、この馬車も指定の場所に置いたあと、町の人が受け取りに来て、だれとも接触しない警戒ぶりだ」
「感染を広げないために仕方ないのでしょう」ベティーは、隔離施策には納得したが
「でも、おかしいわ」
何かひっかかるベティーに御者は
「気づいたかい。この病気は本来南の地方の病気。これまで、北で発生したことは稀なんだ」
「そうですよね。私も北域で渡りをしているけど、流行したことなんて聞いたことがない。それもあって、薬の準備がないのね」
御者は頷くと、おもむろに馬に鞭をひとあてして馬車が動き出す。
「それじゃ、俺たち急いでるから。ベティーも、このあと北に行くのだろ、気を付けなよ」
「はい。私も予防薬を飲んで行くから大丈夫です」
そう言って、手を振って荷馬車を見送った。
足元で聞いていたミーが
『猫に移るのかな』
「心配しないで。猫には移らないから」
◇北嶺を越えてきた男
馬車を見送ったあと、ベティーが宿に戻ろうとしたとき、村の外が騒がしい。
ベティーも行ってみると、村人たちが遠い山脈の空を指さしている。見ると山脈の上空に点のような何かが浮かんでいた。
「気球だ」
よく見ると丸い気球の下にゴンドラが下がっている。
「まさか。山脈を越えてきたのか! 」
「無茶しよる」
村人が口々にその無謀さを話していると、気球が高度を下げている。
「墜落しているぞ! 」
気球はそのまま、山の中に見えなくなった。
村人は騒いでいるが、雪の積もった険しい山中なので、とても墜落した場所までは行けない。
状況を察したベティーが
「私、いってきます」
すぐに辿り着けるのは、箒で飛べるベティーだけだ。ベティーは村役場にある担架を借りると、箒に吊り下げ、急いで気球の墜落した山脈に向かって飛んだ。
いつものように、ベティーの胸に飛び込んだミィーが
『気球で山脈を越えて来るなんて、自殺行為だね』
「そうだけど。何か事情があるのでしょう」
何があったかわからないが、墜落したので、乗っていた人のことを考えると一刻も早く向かわなといけない。
ベティーは全速力で飛んた。
森をぬけ、森林限界に達すると、雪を被った険しい谷や尾根が連なる荒々しい岩盤地形となり、標高も高くなる。ベティーの胸元から顔だけ出したミーが
『めちゃくちゃ寒いね。それに風も強いし』
先程から、山脈から吹き下ろす強風に煽られながら飛んでいる。
しばらくして、気球の墜落したあたりに近づくと、崖の下に気球の残骸を見つけた。すぐに降下してみると、残骸の中に男が一人倒れている。
ベティーが降りて近寄り
「大丈夫ですか! 」
声をかけると
「……ぅぅぅ」
意識が
すぐに男の体をなんとか引きずり出し担架に寝かせると、横で見ていたミーが
『魔法使いなら。この人の体をふわっと浮かせて乗せることができないの。バハムートを倒した、すごい魔法を使えるのに』
ベティーは男の容態を診ながら
「魔法使いには個性があって得意不得意があるの。私は戦闘系の魔法は得意だけど、他の魔法は人並なんだ」
『人並ねぇ……』
少し見下すようなミーにベティーは
「……人並み以下と言いたいのでしょ。私だって、好きで戦闘系の魔法が得意なのじゃないから」ぶつぶつ言いながらも、止血の応急処置を手を止めずに行っている。
最後に男の体を担架に固定すると
「とりあえず終わった、早く村に連れ帰りましょう」
ミーも頷くと、ベティーは急いで村に戻った。
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