第2部 天衝の銀嶺を越えて
1 春の訪れとともに魔女がやってくる
中世を彷彿する剣と弓矢が支配する異世界「ノヴァリス」には、マナと呼ばれる未知なる力が自然界に満ちている。
そこにはマナを操る精霊や魔法使いが存在し、一方でマナを力の源とする異物、魔獣が出没する。
こうした世界の中で「渡り魔女」と呼ばれる魔法使い達がいた。
彼女たちは一人、もしくは数人で、それぞれの得意な魔法で
十七歳の少女「ベティー・コルネ」もそんな渡り魔女の一人だった。
◇
冬を過ごしたアステカの街を飛去したベティーは、荷物を括った
『うーーー、さぶーーー』
ベティーの羽織る厚いローブの胸元に身を潜ませている黒猫のミーが、呻くように鳴いたあと
『僕たち北へ向かっているから、春を追っかけている方向なのに、なんなのこの寒さ』
※注:『 』は魔法使いしか理解できない猫言葉(鳴き声)、ということで。
「この先に大きな山脈があって、標高が高くなっているからね」
ベティーは冷たい風で頬を赤くし、
しばらくすると、地平に真白い筋の模様が浮かびあがる。
『あれってカルディア山脈じゃないの、確か標高6000m以上ある』
「そうだよ。見てあそこの山、有名なエレベストだよ」
白の地平線の中に少し尖った山がある。
『エレベストって! 世界最高峰の山だよね』
「そうだよ」
ミーは目を丸くして
『あそこを越えるの』
「まさか。山脈は越えられないから、これから行くイリア村に寄った後、山脈の麓に沿って東に向かって、そのままカルディア山脈の端まで行って内陸に向かうんだ」
ミーは少しほっとした様子で
『山脈を迂回するのだね。大きな山脈だから結構かかりそうだね』
「一週間くらいかな」
『そんなに遠いのか、この山を越えれば近いのにね』
「山の上にはジェット気流という、めちゃくちゃ強い風が吹いて、気温も零下数十度になるらしいよ。それでも行きたい」
『とんでもない! 』
大きく頭を振るミーに、ベティーが笑っている。
◇
遠くに見えていた山脈が次第に近づき、峻険な峰々の威容が遠望できるようになってきた。
しばらくして、森が開けたところに湖と、その周囲に牧草地などが広がり、人家が見えてきた。
『村が見えてきた! 』
ミーが嬉しそうに鳴くと、ベティーも人の営みを感じほっとする。
そのまま村の入口に降り立つと、ベティーに気づいた子供たちが寄ってきた。
「ベティーだ! 」
「春告げ魔女さんだ」
数人の子供たちに囲まれたベティーは
「こんにちは。みんな元気にしているようね」
挨拶すると
「また他の町のお話し聞かせて」
「魔法見せて」
などなど、元気な声で返事が返ってくる。さらに横のミーに気づくと
「ああ! 黒猫がいる」
「ミーっていうんだ。よろしくね」
『ミャー〜〜』
子供達に撫でまわされ、少しめいわくそうに一声鳴いた。
そのまま、子供たちと一緒に村に入ると、すれ違う村人も笑顔で挨拶してくれる。
◇
『へえー、歓迎されているね。それに春告げ魔女だって』
足元を歩くミーがベティーを仰いで話す。もちろん、周りの子供たちには『ミャーミャー』と泣き声にしか聞こえない。
「ここではね。帰りに寄るときは、秋だから実りの魔女って呼ばれているの」
『なんか、女神様みたいだね。でも、
「まあ、いろいろ」含みのある返事をした後
「大きな街には定住の魔女がいたり、渡り魔女もたくさん立寄るけど、こんな辺境の村に魔女はめったに来ないから、重宝されるんだ」
答えをはぐらかしたが、ミーも察して話題をかえ
『そういえば、なんでベティーは渡り魔女をやっているの』
「………まあ、いろいろあってね」
言い渋るベティーに
『いろいろ、ばかりだね』
「話すのめんどくさいし、そのうちね。それに、紳士はレディーの詮索をしないのじゃない」
めんどくさい、というより言いたくないようだ。一方、紳士と言われたミーは、背すじをのばし
『そうだよ。僕は紳士だから』
自称紳士と言うミーにベティーは笑いをこらえ
「猫のくせに紳士だなんて。おばあさんに拾われた野良猫じゃないの」
『ええ! これでも由緒正しい猫だよ』そう鳴いたあと
『……まあ、野良していたこともあったけど』小さく呟いたが、聞こえていないベティーは
「へえー、どこかの貴族にでも飼われていたの」
信じられない様子のベティーに、ミーは
『いろいろ、あってね』
つんとして言い返されたベティーは苦笑いする。
こうして、先ほどからぼそぼそ話すベティーと、呼応するように鳴くミーに、子供たちは不思議そうに
「どうしたのベティー。猫とお話しているの」
ベティーは子供たちに目を向け
「そうだよ」
「ええ! 猫と話せるの。すごいな」
羨望のまなざしの子供たちに、ベティーは微笑んでいる。
◇
しばらくして、村に一か所ある小さな役場につくと、子供たちと別れて事務所を尋ねる。中には事務作業のおばさんが一人いるだけだった。
おばさんがベティーに気づくと笑顔で
「おやベティーさん、いらっしゃい。部屋あいてるよ、何泊するんだい」
「はい。四泊ほどお願いします」
おばさんは、すぐに鍵を用意して渡した。
旅行客の来ない村なので旅館はないが、旅人や商人たちなど仕事で来る人のために、簡素な宿泊施設がある。
板張りの小さな部屋に粗末なベッドと、小さな机があるだけの合宿所のような部屋だが
『久しぶりにベッドだね』
「そうね、この一週間ずっとテントや廃小屋だったし」
長旅のうえ野宿続きのベティーとミーにとっては、豪華ホテルのようだった。
疲れた足取りで荷物を床に放り投げ、その晩はゆっくりと休み、翌日から
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