3  ベティーの決断

 男の腕や足は太く、筋肉質の立派な体格だった。そのためか、足や腕、肋骨にひびが入り、凍傷を負っても命は助かったのだろう。

 なんとか意識が戻ってくると、男は体中に痛みがあるため顔をゆがめながらも


「助けてもらい、感謝する」

 礼を言うと、起き上がろうとするが、横にいるベティーが

「無理しないで今は休んで」

 寝るように促すが、男は

「いや……そうもいかない……」

 息も辛そうだが、急いで何か伝えたいことがあるらしく、とぎれとぎれに事情を話した。


 男は山脈を越えたウスルムという小さな村から来たという。

 その村でも黄斑病が蔓延し、すでに数人が亡くなっている。村は北の街に助けを求めようとしたが、隣接の町は感染を恐れてロックアウトし、吊り橋まで壊され孤立状態になり、このままでは全滅する状況だった。

 そこで、薬を調達するため、村で一番屈強なこの男が山脈を決死の覚悟で越えてきたらしい。


 話を聞いた村長や村人達が、男のことで話し合いをしている。

 ベティーも後ろで聞いていた。


「来たのはいいが、薬をどうやって持って帰るつもりだ」

「歩いて戻ると言っているが、あの体では到底無理だ。そもそも、夏でも雪の残る険しい山脈だ、まだ冬と言ってもいい時期に越えられない。座して死を待つより、一か八かで来たのだろう」

「しかし、どうする……」

 この先の話になると、村人は閉口する。


「………悪いが、どうしようもない」

 話は行き詰まる。


 後ろで聞いていたベティーもうつむいて、何か考えているようだ。

 様子を察したミーが足元で

『まさか、いくつもりじゃ……』

 このまま穏やかに旅を続けたいミーだが、ベティーは顔をあげ


「私が行きます! 」


 村人は一斉に振り向いてベティーを見たあと、村長が一歩前に出て

「馬鹿言うな! 」

 怒るような口調の村長に、ベティーは

「置き薬や結界の補強も終わって、そろそろ旅立とうと思っていたところですから」


「そんな問題ではない。山頂には強烈な風が年中吹いている。こちらからは向かい風で氷点下の寒さだ。しかも、箒で越えるなんて無理だ」

「そうですが、頑張ればなんとかなる……かもしれません。もう、ほかに手はないでしょ。このままではウスルムの村の人は全滅します」

 泣きそうな声のベティーに、村長は穏やかな表情になり


「気持ちはわかるが、ベティーはこんな辺境の村に来てくれる唯一の魔法使いだ。結界の維持や、貴重な置き薬を作ってくれて皆な感謝している。そんなベティーに、危ないことをさせたくないのじゃ」


 村長の言う通り、ベティーの魔法は戦闘系以外は普通の渡り魔女程度で、箒の飛行能力は子馬程度だ。

 ちなみに、ベティーは村人に戦闘系の魔法をみせたことはなく、その必要もなかった。このため、村人はベティーが普通の渡り魔女と思っている。


 今ウスルムの村を助けに行ける可能性は、箒で飛べるベティーしかいないのも事実だが、村長は引き止めようと

「聞いたこともない村だ。広大で険しい山間の小さな村を探すのは無理だ。間違いなく遭難してしまう」


「おじさんを道案内で連れて行きます。それに、帰りを待っている人がいるのでしょ」

 そう言って男の方を向くと、男は小さくうなずいた。

 聞くと、妻と三人の子供がいるらしい。


 できれば男を置いて荷物を軽くし、ベティーだけで行くべきだが、村への案内が必要で、重くなるが連れて行くしかない。


 村人達は、唯一村に来てくれる魔女のベティーに危ないことはさせたくないので反対するが、ベティーの意思は固く、危なくなったら迷わず戻る約束で、やむなく同意した。


 話を聞いていたウスルム村の男は、村人やベティーに向かい深々と頭をさげた。


 部屋に戻って支度をするベティーにミーが

『本当に行くのかい』

「ミーは無理することないよ」

『今更だし。僕も行くよ』

 できればミーは留まるべきだが、心細いこともあり、いけないと思いつつも、強く拒否できなかった。

 こうして何も答えないベティーを察し、ミーは話題をかえ。


『ベティーって、ここでは皆なに感謝されているね。前の街に来た王宮騎士なんて、クソミソに言ってたのに』


「大きな町には優秀な魔女が大勢いるからね。私は落ちこぼれだし」

 少し投げやりなベティーに

『でも、戦闘系の魔法はすごいじゃない』

「そんなの何になるの、私は武器じゃない。他の魔女は、医療、調理、人探し、占いとか、役に立つ特別な魔法が使えるけど、私は魔女なら誰でもできる、簡単な薬の調合と結界の補強くらいしかできない」


 励ましたつもりが泣きそうなベティーに、ミーは言葉を間違えたと自省した。

 神獣を一撃で倒す魔法を使えるベティーが、辺境で渡り魔女をしている理由のひとつかもしれないと感じ

「ごめん、そんなつもりじゃ。でも、薬や結界の維持も大切なことだよ」


「薬の調合だって、他の魔女はもっと良い薬をつくれる。黄斑病の薬だって、南の魔女は簡単につくれるけど、私は時間がかかるし……」

 話の流れでネガティブモードに陥るベティーに


『今の僕だって愛玩動物だし、なくても問題にならないカレーの福神漬ふくじんづけけみたいなものだけど、マスコットキャラとしての根拠なき誇りを持っているよ。上を見ても下を見てもきりがないし、まあ、今ある自分が最良な状況と思うようにしている』


 励まそうと気をつかってくれるミーに、自分が愚痴を言っているのに気付いたベティーは

「そうだね。私にとって福神漬はとっても大事だし。でも、口の減らない猫だね、人間の生まれ変わりじゃないの」

『人間なんかと一緒にするなよ。今の、僕が最良なんだよ』

 憤慨するミーに、ベティーは笑顔になってうなずいた。


◇カルディア山脈


 翌早朝 

 身を切るような寒さのなか、宿舎を出て旅立ちの準備をする。


 向かう山脈の空が次第に明るくなるが、わずかに星がまたたき、薄暗い空を背景に白峰がうっすらと浮かび上がっていた。その峰の合間を雲の黒いシルエットが山脈の合間を吹き流れている。


『天気悪いね。ここら見ても雲の流れが早いよ。ほかの日にすれば』

 出発に消極的なミーが、ベティーの足元をうろつきながら鳴く

「今はこれでもマシらしいよ。急がないといけないし。なんとしても、一日で越えたい」

『そうだよねーー』


 ベティーは分厚い防寒着を着こみ、ウスルムの男にも防寒着を着せて担架に乗せ、箒に紐で吊るようにしている。さらに薬草の袋も下げると、かなりの荷物の量だった。


『こんなに荷物を積んで、飛べるの』

「大丈夫と思うけど……」

 頼りない返事のベティーは、自身の荷物は最小限にした。

 普段はリュックと、鞄二つ程度に旅の食料や衣類、若干の交易品を持っていくが、交易品はなく、衣類や食料も半分程度にした。


 出発の時間がくると、準備を手伝ってくれた村長達が見送りに来てくれた。

 出発直前に役場のおばさんがベティーに、寒いからとカイロを渡しながら


「気を付けるんだよ。危なくなったらすぐに村に戻っておいで」そして耳元で

「いいかい、本当に危なくなったら、男のことは捨てて戻ってくるんだ。自分の命を最優先にするんだよ、共倒れなんて最低だからね」

 役場のおばさんの話はもっともで、ベティーは苦笑いしあと


「はい……」

 とりあえずの返事をして、箒にまたがる。

 少し浮き上がり、さらに担架も地面から離れると、箒が大きくしなり、よろけながら、なんとか浮かんでいる。

 すると下の担架に乗せられている男が


「お嬢さん、もし危なくなったら。構わず俺を置いて戻れ」

「おじさんまで、ばかなこと言わないで」

 ベティーはきつい口調で答えると、ふらつきながら上昇し、山脈に向ってゆっくりと進み出す。


 こうして、ヨタヨタと飛び去るベティーを、村人は心配そうに見送った。

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