5 魔獣の襲来

 街にバハムートが迫る頃、お婆さんが危篤状態になっていた。

 医者から家族を呼ぶように言われ、家にはベテイのほか、ルークをはじめとした家族が集まっている。


「おばあちゃん! 元気出して」

 ベティーが泣きながら言うが、おばあさんの意識はかなり朦朧としている。


 そのとき突然、街の役人が来て

「街の外に怪物のバハムートが出た。すぐに避難するんだ」

「バハムート! そんな怪物が、なんで出てくるんだ」ルークが叫ぶが、王宮の軍隊が何かやらかしたのは、容易に想像がつく。


 役人もそのことには触れず、隅のベティーに気づくと

「それから、軍隊からの通達で、箒に乗れる魔女は前線で負傷した兵士を助けるように、とのことだ」

 無茶な指示にルークが


「今、それどころじゃないのは、見ればわかるだろ。ばあちゃんが死にそうなんだ」

 役人は、分かっているようで、すまなそうに

「命令だ。行ってくれないと、増税だけでは済まないと言っている」


 ルークは拳を握りしめ

「だいたい、そんな危険な場所に、女の子を行かせるのか! 王宮の奴らの言うことなど、聞く必要ない! 」

 ベティーも、お婆さんのこともあり、行き渋っている。


 すると、やつれたお婆さんは小さな声で息も絶え絶えに

「………ベティーいいから行きなさい、私のような老いぼれより………傷ついた若い兵隊さんを助けておやり。………ただし、危なくなったら逃げるのだよ」

 

 お婆さんの言葉にかなり迷ったが街の人が困ることもあり、意を決して

「すぐに戻るから」

 そう言ってベティーが表に出て箒にまたがると、見送るルークが


「代わりに僕が行ければいいのだけど。ばあちゃんの言ったように、危なくなったら絶対に逃げるんだ」

 歯がみなしながら心配するルークにベティーは頷くと、黒猫のミーが箒に飛び乗ってくる。


「ミー! 」

 驚くベティーにミーは

『魔女には黒猫がお似合いさ』

 ベティーは苦笑いして飛び立った。


 ベティーが街の外に出ると、北の防御結界でバハムートが周囲に炎を撒き散らし、暴れているのを遠望した。


「あれはバハムート! 」驚くベティーだが

「怒ると凶暴で手がつけられないけど、本来は大人しい魔獣なのだけど」

 解せないベティーにミーが

『どうせ王都の奴らが、いらんことをしたのだろう』

 ベティーもため息をついた。


 意外にベティーの直した結界は強力で、なんとか侵入を防いでいるが、壊されるのは時間の問題だ。

 さらに、周りには、なんとか結界の中に逃げ込んだ兵士が何人も倒れている。


 ミーはその様子を見て

「兵士を助けろって、あんな危険な場所に魔女を行かせるつもりなのか。結界が破られたら魔女も死んじゃうよ、王宮騎士団も地に落ちたな」


 一方ベティーは、暴れるバハムートを睨んで

「もっとしっかり、結界を張っておけばよかった」

 ミーは、悔しがるベティーに

『バハムートの侵入を防いでいるだけでも、たいしたものだよ』


その時、街の魔女が箒に担架を吊るして、怪我をした兵士を運んで飛んで来た。魔女もバハムートの火炎攻撃の火の粉を浴びたのか、衣服の一部が焦げて、腕にやけどを負っている。


「ベティー、結界はもう持ちません。危険ですから、あなたは逃げなさい。とても人間の敵う相手ではありません」

「……このままだと逃げ遅れた兵士や、街も壊されます」

 ベティーが迷っていると


「貴方はまだ新米の渡り魔女です、兵士は街の魔女で出来るだけのことをしますから、とにかく逃げなさい」

「でも、たくさんの兵士が怪物の近くで倒れているし、街にもまだ大勢の人が残っていますよ。そもそも、どうしてバハムートが暴れているのですか」

 詰問するように聞くベティーに、街の魔女は


「わかりません……」

 言葉を濁す街の魔女の表情には鬱としたものがあり、言いたいことがあるようだが

「私はこの人を早く運ばないといけないから」それだけ言って、急いでけが人を運んで飛び去った。


『おそらく騎士団は、大事な事実を隠していたのだろう』

 ミーがぽそりとつぶやくと、ベティーもいつにない強い口調で


「また.暖衣飽食している奴らの保身。いつも犠牲になるのは、最前戦の若者達。国家がなくても人間は死なない。お国のために死ねというのは、国がなくては生きていけない権力者達だ。そんな奴らのために、若者が死なねばならない理屈などあるはずがない」

 珍しくベティーが憤る。


 黒猫のミーは、ベティーに何かあったのかと思った。そういえばベティーの過去の話を聞いたことがない………だが、今はそのことより

『逃げようよ。僕たちの敵う相手じゃないよ、さっきの魔女もやけどしてたし、ほら火を放っている』


 見ると、精鋭と言われる王宮魔導士が懸命に応戦しているが全く歯が立たない。

 バハムートは防御結界に凄まじい火炎で攻撃し、今にも破られそうだ。


 どうするか迷いながら、バハムートの吐く火の粉が舞い散る結界の付近まで近づいて飛んでいると、茂みの中で倒れている兵士が、ベティーが飛んで来るのを見て


「助けてくれ!」と叫んでいる。

 歩けない兵士は、結界が破られたら間違いなく死ぬ。ひどい怪我で、それまでもつかも危うい。

 

 ……しかも、よく見ると、街でベティーを侮辱してルークを殴った騎士だ。

 

『あんな奴ほっとけよ。ベティーにひどいことをしようとした奴だぜ』

 ミーが言うが、ベティーは騎士のそばに舞い降りた。

 兵士はベティーに気がつき


「君は…!」

その後の言葉が出ない。

 一方ベティーは、自分の服を引き裂いて、懸命に兵士の止血をはじめた。


兵士は自分の手当てをしてくれるベティーを見つめ

「あの時は……」


 つぶやくように言うが、ベティーは聞こえたのか聞こえないのか

「動ける、早く乗って」

 手を貸して担架に寝かせると、箒で吊り上げて街の救護のテントに急ぐ。


 兵士が見上げると、火の粉の中を飛ぶベティーは、兵士に火の粉がかからないように自分のローブをかぶせ、自身は火の粉を浴びて火傷を負っている。

 

 そんなベティーの姿に兵士は

「すまない、すまない」と何度も繰り返し、涙を浮かべ声を振るわせていた。

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