6 孤高の魔法使い
ベティーは兵士を救護所に置いたあと、街の人や魔女達が止めるのも聞かず、再び前戦に向かった。
そこでは、王宮の魔道士が力を結集して魔法攻撃を仕掛けているが、全く効いていない。
『なんだ、偉そうにしてるくせに、王宮の魔導士ってあの程度かよ。これじゃあ騎士も街も全滅だ、僕達も早く逃げよう』
ミーが悲痛な声で言う。一方、ベティーは何か考え込んでいる、
「もう、使わないと決めていたけど‥‥…」
ベティーはうつむいて逡巡したあと
「やるしかない! 」
何かを決心した表情で顔をあげた。
『やるって何を、まさか戦う気かい! さっき、権力者のために死ぬことないって言っただろ。それに、言っては悪いけど、渡り魔女の能力で何ができるんだよ』
ミーの苦言にベティーは敵をにらんで。
「私は、死ぬつもりはない。それに、早く片付けないと」
そう断言すると箒を加速して、バハムートの横側に大きく迂回するように回り込んでいく。
不可解な動きにミーは
『こんな遠くに迂回して、何をする気だ』
「射線上に人はいないわね。それに、みんな結界の中だし巻きこまれない」
『射線、巻き込まれないって、どういうこと。まあ、騎士団たちはバハムートの前で逃げているし、横や後ろにはだれもいないけど』
ミーは訳がわからない。
ベティーはミーの問いかけに、耳を貸さず
「久しぶりだし、ゾディアック・ソウルがないから、威力は半分以下だろうなぁ」
つぶやいて、相手を凝視する。
いつもと違う鋭い瞳に、黒猫は畏怖の念すら覚え息を呑む。
『いったい何をする気だい。それにゾディアック・ソウルって、確か伝説の魔法杖のことだろ』
ベティーは答えず、集中して魔法詠唱をはじめた
「聖賢魔導士ベティーコルネの名の元に、幻影具現魔法を行使する! 」
ベティーの髪がメラメラと燃えるように放射状に浮遊し、瞳が光を放つ。
「時空の狭間、異相次元の彼方より連なる命脈の断裂、これをもって空間を切り裂き、崩壊に移する斬撃! 」
続いて片手を高らかに掲げあげ、虚空に叫ぶ
「次元断層!! 」
次の瞬間ベティーの体が稲妻のように輝き、そこを震央として直線の光の筋が空間を切り裂き、地響きとともに地表が割れていく。
その規模は、地平線を貫き、開口幅は有に百メートル以上に及ぶ。
地面に開いた巨大な割れ目の中は暗黒の闇となり、そこはまるで真空のように大気を吸い込み渦となり、多数の巨大な竜巻が発生する。
その闇の断崖に周囲の木々だけでなく、岩盤も剥がれ、根こそぎ飲み込まれていく。
断裂の真っただ中にいるバハムートは、必死で脱出しようとするが、強烈な暴風に抗えず、一瞬にして闇の中に落ちていった。
黒猫はその威力に驚いて、半ば怯えながら。
『ベティー……今のなに……君は一体、何者』
「このことは、誰にも言わないで」
人差し指を口にあてるベティーに黒猫はしばし呆然とした後
『僕は猫だし、喋ってもわからないよ』
そう言ったあと、ミーはバハムートが消えたのを見て
『それより、急がないと』
「うん、わかってる」
ベティーは急いで、お婆さんの家に向かった。
◇
瀕死の王宮騎士団たちは何が起こったのか、その現実をすぐに認識できなかった。
これまで、圧倒的破壊力で暴れていた怪物が、一瞬にして地面の亀裂の中に飲み込まれたのだ。
その後、暗黒の断層は閉じて、地面にわずかの亀裂の痕跡を残して消え去った。
想像を絶する大魔法をまのあたりにした魔導士達は震えが収まらない。王宮の風を操る魔道士も、ベティーの発生させた無数の竜巻の一つにも及ばない。
司教は唖然としながら
「こ……これは、伝説と言われる地面を切り裂く大魔法『次元断層』。初めて見たが、これほどのものとは……桁違いだ」
司教は断層の延長上に魔女が飛び去っていくのに気がついた。すぐに、遠視眼の術で見ると、信じられない表情で。
「あれは。大魔法使いベリー・エルザでは」
それには騎士団長も驚いて
「まさか、かの聖賢魔導士と讃えられたベリー・エルザ」
周囲の若い騎士は聞いたことがないようで。
「ベリー・エルザとは」
「世界の三大魔法使いの一人だ。彼女の放つ次元断層の威力に震え上がった冥府魔王は、ベリー・エルザに服従を誓ったほどだ」
「あの冥府魔王を従えているのですか! 」
信じられない表情の兵士に、騎士団長が頷くと
「元は王宮の魔導士で、こんな逸話もある。魔獣に襲われ百人足らずで孤立した砦に、王宮の軍令を無視して、たった一人で助けに向かい、5万の魔獣を捨て身で迎え撃ち、退路を確保し、時間を稼ぎ、最後の一兵が脱出するまで砦に残り、全員を生還させた。その後、軍規違反の追求を逃れるためなのか、なぜか姿をくらましたのだ」
話しを聞いた部下が
「それってマルク砦の奇跡と言われる……もしや隊長は」
騎士団長は苦笑いして
「ああ、その時命を救われた。援軍は来ず、見捨てられ、絶望した兵士達の前にたった一人で舞い降りて来た魔女。黄金に輝く魔法杖ゾデイアック・ソウルを掲げ、長い髪を靡かせ、迫る大群に満身創痍で立ち向ったベリー・エルザの勇姿は忘れもしない。恥ずかしながら、逃げるのに精いっぱいで後ろ姿しか見ていないが、戦場の女神や天使と謳われ、私にとっては英雄だ! 」
語る口調に力が入り、一人感動している。
話を聞いた部下たちは羨望の眼差しで、魔女の去った虚空を見つめた。
「確かに、あの大魔法なら、街、いや王都も一瞬にして破壊できます。これは、王宮に報告しないと」
そのとき、後ろから司教が
「今のは、見なかったことにするのだ」
驚いた側近達に司教はさらに強い口調で
「わかったな! 魔獣は突然の地震で開いた亀裂に落ちたことにする」
厳命され、側近達は閉口するしかなかった。騎士団長も同意して頷いている。
幸い他にベティーを見た者はなく、最近の地震の頻発もあり、魔獣の消滅した経緯について、他の兵士や街の人々は司教の言葉を信じた。
触らぬ神に……なのか、何か事情があるのか、ベティーのことは、表向き世間に知られることはなかった。
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