4 遺跡の怪物

 数日後、魔導士と騎士団は、昨年の夏に発見された遺跡に向かった。


 進む隊列の先頭には甲冑に身を包み、首に赤のスカーフを巻いた、凛々りりしい騎士が馬上で揺られている。ベティーとルークが街で会った騎士団長だ。


 その横に並び進軍するのは白の法衣を纏った威厳ある壮年の魔導士で、王宮の魔道士を束ねる司教だ。


 騎士団長は司教に声をかけた

「今回の遠征は低俗な魔獣の捕獲と聞いてますが、この魔導士の数は多すぎるのでは」

 常々疑問を持っていた騎士団長に司教は


「ここまで来たら、打ち明けましょう。ただし、騎士達にはまだ内密に」そう前置きし

「実は遺跡には、神獣と言われるバハムートが眠っているのです」


「バハムート! そんな怪物が遺跡にいるのですか。それで、地震が頻発し周辺の魔獣が活発になり、街を守る結界が破られかけていたのですね」

 驚く騎士団長に司教がうなずく。


 バハムートとは翼を持つ龍のような怪物で、炎や雷撃を放ち、ドラゴンに次ぐ破壊力とされている。そのことを兵士達に知れたら、怖気づいてしまうだろう。


「バハムートをどうするのです」

 すると司教は不敵な笑みを浮かべ

「我が王国の下僕とし、兵器とするのです」

 騎士団長は驚いて一瞬息をのみ

「無茶だ! バハムートを使役するつもりですか。もし出来なかったら大変なことになります」


「大丈夫ですよ。このため王宮の最高位魔導士のほぼ全てを引き連れて来ましたから」

 余裕の表情の司教だが、騎士団長は


「しかし、バハムートの力は別格です。国一つを滅ぼす力があると聞きます」

「まだ完全に覚醒しないうちなら、簡単に手懐てなずけられます。既に王宮ではヒュドラ、ミノタウロスを使役している実績があり、これにより我が王国の戦力は格段に向上している」


 自信たっぷりの司教だが、さすがにバハムートとは行き過ぎではないのかと、騎士団長は不安を禁じ得ない。


 心配する騎士団長をよそに軍団が遺跡に到着すると、風化して崩れた遺構の中央に演劇場ほどの大きな穴がある。

 中に怪物が眠っているとのことだが、真っ暗で見えない。


 司教は、騎士たちを背後に待機させ、魔導士達で遺跡の穴全体を魔法陣で囲みバハムート封じ込めようとするが……


 そのとき!


 地響きとともに周囲の地面が揺れる。小さな地震は次第に増幅し、暗黒の穴から、獣のうなり声のような不気味な音がする。


「何が起こっているのだ……」

 司教が手を止めて穴を凝視すると、次の瞬間!


 獣の咆哮とともに、穴の中から魔法陣を突き破って、巨大な怪物が地表に躍り出た。

 有に二十メートルはある巨大な怪物が地上に姿を現すと、周りの騎士団や魔導師に炎をあびせる。


 慌てて魔道士が防御の結界を張って防いだものの、意表をつかれ、その場から逃げ出すのが精一杯だ。

「まずい、もう覚醒していたのか! 調査団の報告と違うではないか」

 焦っている司教に、騎士団長は


「少し引いて、態勢を立て直す!」

 背後の騎士団に命令し、後退を促した。

 バハムートは地上に降り立ち、ゆっくりと迫ってくる。

 山の麓まで後退すると、騎士団を前にして背後から魔導士を配置する布陣をとって迎え撃った。


 しかし、騎士団の槍や楯では全く相手にならず、近づくこともできない。すぐに、バハムートの吐く凄まじい炎で、布陣は一瞬にして瓦解してしまった。

 

 騎士だけでなく魔導士が火炎、風、雷撃、氷結などの魔法攻撃を浴びせるが、それらの攻撃も、槍や剣ほどの威力しかなく、飛び道具のない世界では強力な戦力だが、あくまで人間に対してだ。

 そこで、魔導士達は個人の魔法攻撃を結集し波状攻撃を仕掛けたが、王国最強の魔導士軍団が結集した攻撃も、バハムートには蚊が刺すほどの痛手にもなっていない。


「なんという化物だ、人間の敵う相手ではない。我々はとんでもない過ちを犯してしまった」

 司教は真っ青な表情で、歯噛みしている。

 四散した騎士達は組織的な攻撃もできず、渡りの魔女たちが永年維持してきた街の結界の中へ逃げ帰るしか、もはやなす術がない。その結界もバハムート相手にどこまで持つか心もとない。


 しかも、あらゆる戦闘で最も難しい作戦は撤退だ。追われる騎士や魔導士は、無防備な背中から容赦なくバハムートの餌食になる。


 その頃街では、戻ってきた伝令で街の危機を知り避難を始めるが、市民は急な事態に混乱している。

 そんな中、王宮騎士団は街の魔女達を集め、防御結界の補強や、箒に担架を吊るして、前線で怪我をした兵士を助け出す、危険な作業を命じていた。


 ただ、その中にベティーはいなかった。

 

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