3 王宮騎士団

 その後、お婆さんの容態が少し落ち着くと、ベティーは街のギルドで仕事を請け負い、結界の維持、薬の調合、箒にのって山奥の家への配達など、忙しい毎日を送っている。


 こうして、街はいつもと変わらず静かに佇んでいたが、年が明けると王都から突然、軍隊が出兵して来た。


 五百人程の騎士団と、五十人程の魔道士を揃えた規模だが。これまでに、この辺境の街に王宮直属の精鋭軍が来ることはなかった。さらに魔道士まで追随し、戦争でも起こすかのような雰囲気に街は騒然としている。


 ベティーはルークと黒猫のミーを連れて、街で様子を見ていた。

騎士や魔道士が街の中をうろつき、酒場などで騒いでいるのをよく見かける。


「横柄な人たちね、街の人達、萎縮しているわ。それに、こんな武装した軍隊が来て、戦争でも始まるの」

 心配そうにベティーが聞くとルークは

「わからない。どうも北の遺跡に関係してるのじゃないかと噂されている。お宝でも探してるんだろ」

「それなら、あんな大勢の軍隊で来ることもないでしょうに」


「知らねーよ」

 いつになく、ぶっきらぼうで不機嫌なルークに


「どうかしたの」

 ルークは周りを見たあと小声で

「あいつらの来る時って、ろくなことはないんだ。税の臨時徴収か、徴兵、戦争。さらには奴隷狩りもあるんだ」


「奴隷! 」

 最近来たばかりのベティーには初耳だった。

「この街辺りは、侵略された植民地なんだ。奴ら、俺たちを人間とは思っていない。だから町にいる間、横暴を働いて好き勝手するんだ」

 ルークが、忌々しく言う。

 すると、街角で騒ぎになっている。


「お許しください!」

 子供を庇って母親が、騎士の前で土下座している。


 どうも、道端でスープ団子を売っていた少年の屋台に、酔った騎士がつまずいた時、スープが騎士の服にかかったらしい。

「どうしてくれるんだ! 」

 大声で怒鳴って、屋台と母親も蹴り飛ばす。

 周りは見て見ぬふりだ。


 その様子を見ていたベティーは

「悪いのは騎士の方じゃない! 」


 今にも飛び出しそうなベティーに、ルークは慌てて

「やめろ。殺されても、騎士には文句言えないんだ」

「そんな理不尽な! それじゃあ、あの親子も危ない」

 言うやいなやルークの制止も聞かず、ベティーは騎士の前に躍り出た。


「もういいでしょ、やめて! 」

 突然割って入ってきたベティーに、騎士は見下げた表情で


「なんだ、見窄みすぼらしい魔女が、しかもその胸の臨時許可証、渡り魔女だな。こんな冬に来るなんて、たいした魔法も使えず仕事にありつけない落ちこぼれ魔女か。でも結構可愛いじゃねーか、ちょっとこいよ、金は恵んでやるぜ」

 最後は、ヘラヘラといやらしい目つきをする騎士に、ベティーは相手を睨みつけ


「王宮騎士団ともあろう者が、市民に手を出すなんて。本当に騎士なの」

 あおるような言葉に、騎士はキレた


「なんだと! 家も家族もない卑しい渡り魔女の分際で! こうなったら少し怪我させて、連れて行くか」

 怒った騎士がベティーに殴りかかると、ルークが飛び出してベティーを庇って殴られた。


「ルーク!」

 ベティーがさけぶ。

 転げ倒れたルークに、騎士はさらに剣に手をかけた、その時


「やめないか! 」


 後ろから、太い声がした。

 振り向くと、首に赤いスカーフをまき、颯爽とした風格で貫禄のある壮年の騎士が立っている。

「騎士団長! 」

 横暴をした騎士は、気まずい表情でそそくさと去っていった。


 騎士団長と言われた男は、倒れているルークのそばにくると

「すまないな」

 軽い謝罪のあと手をかそうとするが、ルークは手をはねのけ自分で立った。

 騎士団長は苦笑いし。


「王宮騎士団は、あんな奴ばかりではないことを理解してほしい」少し頭を下げてルークと親子に釈明し、倒した屋台の弁償分の金銭を渡したあと、ベティーに向かい

「それと、渡り魔女を侮辱してすまない。都会育ちは王宮の優秀な魔道士をいつも見ているから、君たちのような、渡り魔女のことがわかっていないのだ」


 今回の遠征にも参加している王宮魔道士は、地方の魔女とは別格だ。攻撃、防御の魔法のほか、ヒールやエンハンサーなど攻撃補助、さらには召喚術にも長けている。

 箒に乗って薬の調合が出来る程度の地方の魔女とは、別次元だ。


 ルークは言い返せず、閉口するしかない。

 一方、真摯な態度の騎士団長だが、やはり上から目線にルークは悔しそうにしている。

 二人が黙って話も進まないので、騎士団長は一礼して去っていった。



「なに様のつもりだ。結局、王宮魔道士は優秀だと言いやがって。ベティーだって、箒に乗ったら王宮の魔道士なんかに負けない……よな」

 顔を腫らしたルークが強がっているが、先ほどから悲しげなベティーを見て


「あんな奴のこと気にするな。厳しい冬に来てくれるベティーのことを、俺は感謝しているぜ」

 柄にもないことを言ったルークを見つめるベティーの目に、涙が浮かぶ。

 ルークは慌てて


「あわわ! 町のみんなも、そう思っているし」

 するとベティーは、泣きながらルークに抱きついて


「バカ、私のことなんか、なんと言われてもいいから。無茶はしないで」

 ベティーにひしと抱きつかれたルークは、殴られた痛みなど一瞬にして吹っ飛んだ。

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