2 結界と鍵
世界には、わからないことが多い。
この世界には魔法使いが存在し、未知なる異物、魔獣が出没する。
その
◇結界
出没する魔獣に対して、人々は街道や街の周囲に防御の結界を張って防いでいた。この結界も経年劣化するので、魔力を注いて維持し、補修する必要がある。これも、渡り魔女の仕事だ。
ちなみに、街には永住している魔女もいるが、普段の仕事をはじめ家事や子育てで忙しく、こうした臨時で面倒な作業は渡り魔女に任せることが多い。
ベティーは森の中に置かれている魔石を確認し、それぞれに詠唱を行うと魔石が一瞬光り輝く。それらの魔石に魔力を注ぎ終わると、森の外縁に透明でゆらぐ壁のようなものが浮かび上がる。
ミーがその壁を見ながら。
「なに、このいいかげんな結界! 穴だらけだぜ。夏の魔女め手を抜いていたな」
『たしかに、結構ボロボロだけど、なんだか変ね』
「ふむふむ、たしかに手抜きというより壊されたって感じだな。魔獣の仕業かな」
ベティーは穴のあいた部分を観察しながら
「結界に穴をあける魔獣だとしたら、並の魔獣じゃないね。少し調べてみようか」
すぐに、ベティーは箒に乗って上空にあがると、同心円でわずかな振動波を放つサーチ魔法で索敵したが
「なにも、怪しい雰囲気はないなぁ」
目を閉じて五感を研ぎ澄ますベティーは、拍子抜けしたように答えた。
ミーも目を凝らして周囲を見渡しながら。
『どこかに逃げたのかな』
「そうだといいけど……あっ! 」
一瞬、北の方に違和感を覚えたが、見ると山岳地帯で何もなさそうだ。
『まあ、小さな反応だし、邪悪な気配でもない。あまり関わらない方がいいわね、そっとしておきましょう。でも、念のため結界を補強しておくわ』
そう言って、ベティーは結界を補強すると、家に戻った。
◇鍵
「ただいまー 」
ベティーが仕事から帰ると、屋内があまりに静かでお婆さんの寝室を覗くと……
「おばあちゃん! 」
お婆さんがベッドの下で倒れている。
ベティーは急いで抱えて、ベッドに寝かせるが、意識が朦朧として苦しそうだ。
「ミー、おばあちゃんを見ててね。私、ルークの家にいくから」
『ええー! 』
猫は何もできないが、気が動転しているベティーはミーにあとを頼んでルークの家に箒で飛び、すぐにルークと母親にも来てもらうと、その間にベティーは医者を呼んできた。
お婆さんは、苦しそうな表情だったが、医者の薬を飲むと落ち着いたようで眠った。
そのあと医者は、深刻な表情で
「もう長くありません。春までもたないでしょう」
突然の宣告にベティーは固まった
「そんなー……」
蒼白なベティーに、お婆さんの娘で、ルークの母親が
「実は秋までも、もたないと言われていたのです。でも、ベティーちゃんが来るまでは、と頑張っていたの。それで、ここまで生き延びてみんな驚いているのよ」
医者も同意してうなずく。
「そうなのですか……」
ベティーはうつむいて思わず涙がこぼれる。
◇
その後、ベティーはお婆さんには明るく振舞った。そんな不自然なベティーの様子にお婆さんは
「もう長くないんだろ」
「何を言ってるの、すぐに良くなるよ」
寝ているお婆さんの手をとって、ベティーは元気づけるが、お婆さんは死期が近いことをわかっているのか、おもむろに
「ベティー、これを渡しておくよ」
そう言って、鍵を渡された。
「これって」
「この家の鍵さ。また、冬に来たときこの家を使うといい」
「そんな、来年もおばあちゃんと一緒だよ」
お婆さんは何も答えず、窓を見ると雪が窓枠に積もり始めている。
「雪だね……ベティーが始めて来たときを思い出すよ。例年にない早い雪で、泊めてください、って雪まみれで転がり込んできたね」
「ハハハ、あの時は渡りを始めたばかりで助かりました」
ベティーが恥ずかしそうに微笑むと、お婆さんも口元を和ませ、過去を思い返すように窓に積もる雪を見ていた。
◇
その後、お婆さんはやせ細り、食事もほとんどできない容態になってくる。
ベティーはそんなお婆さんを看病しているが、ルークが毎日のようにきては、家の周りの雪囲いや、薪の蓄えなどを手伝ってくれる。
「ルークも忙しいのに、ごめんね」
「気にするな。ベティーがばあちゃんの世話してくれて、母ちゃんも助かるって言ってるし。俺も手伝いをしろって‥‥言われてるんだ」
照れながら答えるルークに、横にいるミーが
『何だぁー、いつもはお母さんの言うことなんか聞かないくせに』ベティーに聞こえるようにつぶやくと、ベティーは少し笑ったあと、薪割りをするルークに
「ルーク、以前より体が大きくなって、頼もしいね」
ベティーに褒められて気をよくしたルークは、さらに力が入り、気が付くと夕暮れになりヘトヘトになっていた。
『バカか、そこまですることないのに』ミーがあきれていると
「ご飯食べて行ってね」
ベティーの思わぬ誘いに
「ええ、いいのか! わかった」
嬉しそうに答える元気なルークや黒猫は、落ち込むベティーの救いでもあった。
こうした日々のなか、微小地震は変わらず頻繁していた。
ただそれは、日常に紛れ込み、風がガラスを鳴らす程度の感覚で、誰も気にしないようになっていく。
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