1 渡り魔女

 銀杏イチョウの葉が落ちて街道を黄色く色づかせる晩秋、白鳥の飛来とともに魔法使いの少女がやってきた。


「こんにちは、おばあちゃん! また、お世話になりまーす」


 ベティーは元気な声で、きしむ木戸を開けたが中は暗く声がしない。

 箒に乗って長旅をしてきたベティーは、町はずれにぽつりと建つ一軒家に降り立った。

 数年前からベティーが冬を過ごしている農家は、年老いた夫婦が住んでいたが、お爺さんは数年前に亡くなり、今はお婆さんが一人住んでいる……はずだ。

 しばらくしてコトリと音がすると、奥から小さな声で


「ベティーかい。いらっしゃい」


 薄暗い部屋から杖をついたお婆さんが、弱弱しく出てきた。その様子に驚いて

「おばあちゃん、どうしたの! 杖なんかついて」


「大丈夫だよ。それより疲れたでしょう、ベティーのすきなレモンティーを入れてあげようかね」


 台所に行こうとするが、よろける足取りに

「ああ! 私がします」

 見ていられず荷物を置いて、お婆さんの代わりにお茶の準備を始めた。


 しばらくすると、玄関の扉が突然開いて。

「ばあちゃんいるか! 母ちゃんから、ふかし芋を持ってきたぜ」

 元気な声でそばかすのある、素朴な少年が入って来た。

 

 少年はベティーに気づくと、急にかしこまり

「べ……ベティー、き…来てたのか」


 急にろれつの回らない少年に、ベティーは親しげに

「ルーク。こんにちは、またお世話になります」

「う…うん」

 お婆さんの孫でルークと呼ばれた少年は、照れながら答えると、ベティーに促され緊張して席についた。


 ベティーはルークの前にお茶を置きながら、小声で

「ルーク。おばあちゃん、どうしたの。足がわるそうだけど」


 ルークはお茶をすするお婆さんを一瞥いちべつ

「夏に庭で足を滑らせて膝を痛めて、それから急に弱ってさ。母ちゃんが一緒に住もうと言っているのだけど。秋にはベティーが来るから、この家にいないと、ってきかないんだ」

「そんなー、私のことは気にしないで、ルークの家にいけばいいのに」

 

すると、お婆さんは

「まだまだ大丈夫さね。それに、ここは爺さんと過ごした大切な家だからね」

 この家で過ごすと言い張るお婆さんに、ルークもしょうがない、と言った表情をする。


「それなら、私が春になって北に帰ったら、ルークの家に行ってね。また、秋になって私が戻ってきたら、ここで過ごせばいいでしょ」

「はいはい」

 お婆さんは笑顔で、なま返事をする。

 その直後、急にガタガタと家具や壁掛けがなり、足元が少し揺れ始めた。


「地震!」


 ベティーが驚いて、思わず隣のルークの手を握ると、ルークは真っ赤になっている。

その後、揺れはすぐに収まった。

「地震なんて、ここではめずらしいね。極東の島国では、結構頻繁におこるけど」


 手をにぎられたルークは、地震のことなどふっ飛んでいるようで

「じ……地震ね。最近多いかも…しれないかも」

 何を言っているのかわからない。ベティーも手を握っているのに気が付いて、慌てて引っ込めながら。

「何かあったの」


 ルークは腕を組んで、どこかいきどおるるように

「王宮の調査隊が北の遺跡の調査に向かってさぁ。その後地震が多くなった気がするんだよな」

「遺跡……何の遺跡なの」

 ベティーは初耳だ

「何も発表されてないし、わからない。その後立ち入り禁止になったんだ」


 不可解な話だが、王宮に絡むことなので庶民には雲の上の話だ。ベティーは、ふーんと気のない返事をして、それ以上聞かなかった。

 地震の方は大きな揺れでもないので、みんな慣れてきているらしい。


 その後、お茶を飲みながら、ルークが他愛もない街の近況を話したり、ベティーの旅の話を聞いたりして夕暮れになると。


「それじゃあ、ばあちゃん。明日も来てやるから」

 ルークが去っていくのをお婆さんと見送ったあと、ベティーは少し疲れた様子のおばあさんを見て

「お婆さん、休みましょう」

 お婆さんは頷いて、先に寝室に戻っていった。


 ベティーも着替えをして寝ようとすると、奥の部屋の隅にいた黒猫がのそりと起き上がり。

『やあ、ベティーおかえり』


 魔女のベティーには、黒猫の言葉がわかるようで

「ご無沙汰だね、ミー。またお世話になるよ」

 ミーと言われた黒猫は『ミャー』と一声鳴くと。


『でも、ルークの野郎 ”来てやるから” だと。あのボンクラ、夏はめったにこないくせに、頼みもしないのに最近は毎日くるんだ。ベティー目当てがみえみえだな。こんな可愛い魔女が、あんなボンクラ相手にしないだろうに』

 なぜか対抗心丸出しで言うと、ベティーはなんとも言えず苦笑いした。


 その日から、ベティーはお婆さんの家に住み込んで冬を過ごす。ついでに、ほぼ毎日ルークがやってくる。


※ ベティーにしかわからないミーの猫語は以降『 』で表記します。ということでm(_ _)m


◇ギルド


翌日ベティーは黒猫のミーと街に出て、仕事の斡旋をしてもらうため商工会を訪ねた。いわゆるギルドだ。


「あら、ベティー。いらっしゃい」

「こんにちは。また、よろしくお願いします」

 アンダーフレームのメガネをかけた理知的な女性職員が笑顔で

「こちらこそ。最近は街も過疎化して魔女が少なくなってね。渡り魔女さんも、ここは避暑地になるから夏は結構来てくれるけど、冬はベティーさんだけなの」


 深刻な表情になる職員のお姉さんに、ベティーもうなずいて

「この街の冬は厳しいからね」

 言いながら、渡された書類にサインをする。


職員は書類を受け取ると、街で商売できる許可証の札を渡し、ベティーはそれを首から下げた。 

「それでベティーさん、さっそくだけど、お薬の調合と、北の結界の魔力充填の依頼があるのだけど、お願いできる」

 仕事と言っても、地方の魔女や渡り魔女は、箒に乗って飛ぶことと、薬の調合や食器など軽い物を浮かせる程度なので、家事の手伝ほどのことしかできない。


「わかりました」

 快く返事をして、指示された小さな薬屋に向かった。


薬屋では待ってましたとばかりに、薬剤師が出てきて

「この街は、良い薬が手にはいらないから大変なのよ。渡り魔女さんは薬の調合が上手いから助かるの」


 渡り魔女は長い旅をするので、自分自身の怪我や病気のためと、各地の情報を得て自然と薬の調合が上達していくようだ。

「お役に立たててうれしいです。ところでなんのお薬を調合しましょうか」

「風邪がはやりだして、咳止めと、熱冷ましをお願いできる」

「わかりました」


 ベティーはさっそく、調剤室で魔力を込めた薬の調合を始めた。

足元では、ミーが人にはわからない声(なき声)で

『いつも、思うのだけど。魔法ならどんな病気でも直す薬がつくれないの、婆さんの病気を直す薬とか』


「そうはいかないよ。魔法の薬はその病を治す術式を施すの。だから病気の原因や治す方法の知識が魔女にないと作ることはできない。つまるところ、この世界の医療以上のことは基本できない」


『魔法使いも勉強しないといけないね』

「そうだけど……」

 なぜか、ベティーは苦笑いする


『ああ! ベティーは勉強苦手なんだ』

 黒猫に図星をつかれ、少しふて腐れながら

「でも、旅先の図書館で本を読んだり、先輩の渡り魔女さんに聞いたりして頑張っているのだから」

 と言うものの声に力はない。


 薬の調合を終えると、もう一つの仕事のため、箒にミーも乗せて結界のある北の森に向かった。

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