渡り魔女 ベティー・コルネ

第1部 渡り魔女

【プロローグ】山桜梅桃の咲く頃

 山桜桃梅ゆすらうめの咲くころ

「ベティー、行くのかい」

「もう春だしね。私は渡り魔女だから」

 草原に立つ少女は北へ旅立とうとしていた。

 彼方の山並みには雪が残っているが、山桜桃梅には白い花がほころび、道端の土手にはふきのとうが芽吹いている。


 寄り添う黒猫は寂し気に

「君にも見せてあげたいよ。野に咲くラベンダー、夜通し賑わう夏祭りに、秋の収穫祭」

 厚いローブに三角帽子を被り、大きな箒を手に持つベティーは、これから目指す北の空を見つめ


「私は、暑いのは苦手なんだ」


「ほんとかい。まあ、レディーの事情を根掘り葉掘り聞くなんて、野暮なことはしないけどね」

 紳士な黒猫に、ベティーが微笑んで頷くと、黒猫も目線を北の空に移し、しみじみと

「この冬はいろいろあったね」


「そうだね、突然王都から騎士団や魔導士が来て、大変なことになったし、悲しいこともあったけど。ルークを始め街の人には感謝してるよ」

「それはよかった、この街を嫌いになっちゃうのじゃないか、心配していたんだ」

「そんなことないよ、この街は大好きだよ」


「でも、ベティがまさか……」

 ベティーの意外な素性に、尊敬と畏怖を込めた口調で言葉をとめた黒猫に、ベティは人差し指を口にあてながら

「でも、渡り魔女としては、まだまだ新米だから」


「確かに、そうだね」

 

「ええー、少しくらい否定してよ」

 すると黒猫は

「ミャー」

「ああ、また都合が悪くなると猫鳴きするぅ〜」

 唇をツンと尖らせるベティー


 暦の上では春なのに風はまだ冷たく、ベティーの首に巻く長いストールをハタハタと踊らせる。

 ひと時……


 ベティーと黒猫は、この冬の出来事に思いを馳せた。

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