蝶のもたらした締めくくり
Magical
流れる生の間で
「やあ、今日も寝そべっているのかい? 前のように私の周りを走り回ったりしないのかい……?」
「私にはもう、そんな気力はないよ。」
私は、もう寿命幾ばくもない老犬だ……。
今私に語りかけてきたのは、私の家のそばに立っているひとつの大樹だ。
なぜだろうか、今のように大人しくなるしかなれなかった時期からだろうか、私は色んなものと意志の伝達ができるようになった。
昔はそんなことはなかったそんな気がする……。
もしかしたら気づいていなかっただけなのかもしれないが。
昔は私のそばにいてくれる
今では、主はただ寝そべって目を瞑っている私の首元や背中を撫でて、ちょっとの時間を共にするだけとなっている。
私の家からみえる空は、私がこのうちに来てからも変わらないのに、私はどんどん変わって衰えていく……。主やその周りの人達も、私よりも流れる時の流れが遅いような……、そんな私だけがこの世界から追い出されていくような感覚に、私は囚われてまっている……。
今このときは私だけ、私だけの時間だ。
普段何をする訳でもなく、ただ今はひたすら寝そべって、目を瞑っている。今は大樹も日を浴びて私との語り合いどこではないらしい。
いつも何事も無かったかのように、また一日と過ぎ去っていく、そんなものだと思っていた、だがこの日は私の鼻先に一匹の蝶がとまった。
鬱陶しく思い、私は最小の力で首を左右に振った。
「うわっ!! 急にびっくりした!!」
「こっちもそう、急に鼻にとまるなんて。」
蝶の反応に、無意識にも私は返してしまった。
「いいでしょ? こっちは長く飛んできて疲れてるんだから、少しは労わってくれたってよくない?」
「そうかい、お疲れ様。だが、鼻先はどうしても気になって仕方ない、どこか別のところにしておくれ。」
「ならあなたの腕でどう? 私も目立つ場所に留まっておくつもりは無いから、そこにいさせて貰えるなら、大満足なの。」
ならばいいかと、変に拒むのも疲れるので私は了解することにした。
「それなら別に大丈夫だ。ただ、あまり居心地がいいかはわからんぞ。」
そうして、なぜが蝶は私の腕に留まっていくことになった。
蝶がとまっているからって、特に私の過ごし方に変わりはない。
ただ、寝そべって何もしない私に蝶は語りかけてきた。
「あなた、だいぶ疲れてそうね。」
このとき、なぜか私は言葉を返した。
「もう歳なんだよ。老犬だ。それになんだか最近虚しくてね……。」
「虚しいってなにが……?」
私は最近思っていた、この世界からなんだか疎外感を覚えていることを蝶に語った。
「ふぅーん、ねぇ、じゃあ私の残りの寿命ってあとどのくらいだ思う?」
唐突になにを聞いてきたのか、わからなかったが私はその質問に答えた。
「はて、一年ぐらいか?」
「そんなに長くいられるならいてみたいものね〜。正解は、あと五ヶ月よ。そして私は羽を得てからまだ二日目よ。」
「そんな短いのか、蝶とは……。」
「そうよ、だから私あなたの言ってることわかるけど、謎なのよ。」
蝶は語り始めた。
「あなた、私より残りの寿命長いでしょ? 私からしたら、あなただってその疎外感を覚えさせる世界のひとつになるわ、でも私はそんな悲観的に思ったりはしない。」
「だって、そんなふうに思ったって仕方ないじゃない? 時間の早さはみんな違う、私とあなたのように。」
考えていた事をこんなふうにほかのものに話したことは初めてだった。だからなんだろうか、ちょっと楽しさを私は感じた。
「そんなものなんだろうか……。」
「そうよ、疎外感なんて思える必要はないわ、少なくとも私の時間は、いまのあなたには近いんじゃないかしら?」
これは、勇気づけてくれてるのか。まあそう思っておこう。
「そうかもな、少し話せてよかったよ。」
「ええ、それはどうも。また来るわね。じゃあ、そろそろ行くわね。」
「気をつけてな。」
そう言って蝶は私の腕から飛んでいった。
なるほどな……、蝶からしたら、私もそんな世界のひとつか……。
「おや、なんだかちょっと表情が穏やかになってきたようだね。」
大樹が日光浴が終わったのだろうか、私に語りかけてきた。
「そう思うなら、おそらくそうなのだろうな。なんだかひとりじゃないって思えただけだよ……。」
私だけじゃないんだろうな……そう思うのは……。
主の話によると、この世界から消えた後にいくあの世というものがあるらしい。
いつかそうなることがあるなら、私はあの蝶と共にいきたいと、そう思った。
〜fin〜
蝶のもたらした締めくくり Magical @magical
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