第9話 待っててくれよな?
「くるみ。念の為に確認するが、今回のエピソードに登場する人物は、実在する方とは全く関係ないよな?」
「そだよ」
「じゃあ名前も、無作為に抽出したネーミングと言う、偶然の産物なんだよな?」
「うん。もちろんだよ」
以上だ。
みんな。そこんとこよろしくな。
春男からのお願いだぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
否定表現と肯定表現と言うのがあるのをご存知だろうか?
どちらも同じ内容を相手に投げかけているが、捉え方が違います。
一般的に否定表現の方が命令・指示的になり、受け入れにくいとされています。
例えば……
注)前者が否定表現、後者が肯定表現です。
●事例① ミイちゃんの場合
否定表現
「ミイちゃん。明日までにエタってる作品を完結させてくれないと困ります!」
肯定表現
「ミイちゃん。明日までにエタってる作品を完結させてくれると嬉しいです!」
どちらも、ミイちゃんがエタっている作品を早く完結して欲しいと言う内容だが、否定だと単にプレッシャーをかけているだけになってしまって、ミイちゃんもモチベーションが上がらない。しかし、肯定表現を用いると、相手に対して、完結してあげたいと言う気持ちも生まれて意欲も増すのだ。
●事例② マリンちゃんの場合
「マリンちゃん。パジャマのまま旅に出ないで下さい」
「マリンちゃん。着替えてから旅に出て下さい」
こちらの場合、否定表現だと行く手を塞がれている様に感じてしまい、素直に着替える気持ちになれない場合があり、最悪その場で、口論等のトラブルになる可能性も出てくる。
しかし、肯定表現だと、着替えてからなら旅に出ても構わないと捉える事も出来、トラブルになる可能性は少ない。
●事例③ とーりちゃんの場合
「とーりちゃんは6月9日以降はお酒を飲む事は出来ません」
「とーりちゃんは6月8日まではお酒を飲む事が出来ます」
否定表現の場合は6月9日以降は、お酒を飲めない事を強調し、念を押されて憂鬱になってしまう。
しかし、肯定表現の場合、6月8日までなら飲んでもいいんだと禁酒に向けての心のゆとりが生まれ、禁酒の成功率も上がる可能性が出てくる。
●事例④ かいんでるさんの場合
「かいんでるさん。リツイートしないとこの懸賞には応募出来ません」
「かいんでるさん。リツイートすればこの懸賞に応募する事が出来ます」
この場合は、否定表現だと応募に対して、高いハードルだと印象付いてしまう。また、あまのじゃく的な方であれば、応募する事自体をやめてしまう可能性がある。
しかし、肯定表現の場合は、手軽に応募が可能な印象を受け、積極的な応募への意欲も生まれる。
●事例⑤ なでしこさんの場合
「なでしこさんはラブライブを見なければ幸せになれない」
「なでしこさんはラブライブを見れば幸せになれます」
こちらの場合、どちらもラブライブをおすすめしている言い回しだが、否定表現だと強制的な宗教勧誘イメージにも捉えかねない。更にラブライブを見た事がない方の場合は積極的に見ようと素直に思う事が出来ない。
ところが肯定表現の場合だと、見てみようかな? と言う興味が生まれ視聴する可能性も上がるのだ。
ここまでを見ても、肯定表現の方が実生活において、相手に良い印象を与える事が出来ます。
しかし、時には否定表現の方が効果を発揮する場面があります。
例えば……
「しもやけになるから、手袋をして雪だるまを作って下さい!」
「危険! 素手で雪だるまを作るな!しもやけになるぞ!」
こちらは危険と言う否定的言葉を最初に用いて、より強い注意を促す事が出来ます。実際、工事現場などの警告看板にも、この手法が用いられています。
事例⑥ pusugaと言う輩の場合
「pusugaさんは下ネタ作品を書かなければ、もっとみんなから好かれると思うぞ」
「pusugaさんは下ネタ作品ばかりだから、みんなから嫌われてしまうんだと思うぞ」
pusugaと言う奴は、普段から作品内において69や1919と言う、下ネタを連想させる言葉を用いていた。また、SNSでも下ネタでくだらない事をつぶやいたり、おふざけリプライで他者のツイートを引用している。
しかし、本人はその事を酷く気にしており、病気ではないか? と心を痛める日々を送っていた。
その事を自問自答し、脳内会話をしていたのがこの文である。
肯定表現ではpusugaとか言う奴に対して、最大限気を使い、オブラートに包んだ言い方をしたが、それでは本人の為にはならない。
否定表現では、pusugaと言う奴に対して、直球で駄目な所を認識させる言葉を用いて、謝罪・反省も促す事が出来るのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
面会――いや、カウンセリング二日目。
「さおり、来たよ」
「――あ……くるみちゃん」
俺は会釈をした。
初めて目が合った。
さおりさんは、昨日と同じ様にベッドに座っている。
但し、違うのは風景ではなく、さおりさんはモナリザを見ていた事だった。
俺も昨日とは違う所がある。
くるみから渡された、ある一枚の紙を手にしていた。
「昨日は途中で帰ってごめんね」
そんなことないよと言わんばかりに、首を振るさおりさん。
数秒の沈黙の後、さおりさんの目線が下に――くるみのお腹か?
その視線をくるみも辿る。
「くるみちゃん……お腹……もう一回見せて……」
「いいよ。なんならプニプニしてもいいよ」
さおりさんは、老人の振戦の様な小刻みに震える手でくるみのお腹を摘んだ。
「アハハハ! くすぐったい!」
「あ……ごめんなさい」
「いいよ。大丈夫!」
さおりさんは、くるみのお腹から手を離すと俯き、静かに語り始めた。
「……私もこんな時があったな……」
「こんな時?」
「うん……くるみちゃん、私の事先生から聞いて色々知ってるでしょ?」
「うん」
「私ね、最初ダイエットに成功した時に凄く嬉しかったの」
「うん。私も痩せたいもん」
「でもね、なんかやめられなくなっちゃって……今考えると不思議な感覚だった……どんどん体重計の数字が減って、このままゼロになってもいいと本気で思ってたの」
「うん」
「別に死にたいとかじゃないんだよ? でも、クラスの男の子に……告白……されて、なんか恥ずかしくなっちゃって……」
「どう言う事なの?」
「良くわからないの」
「返事は?」
「出来なかった。お母さんに相談しようと思ったけど……」
友達ではなくお母さんか……。
別にさおりさんは友達がいない訳ではなかった。形はどうあれ、無意識に母親に甘えたいと言う気持ちだったのか?
「すれば良かったじゃん」
「だって……でも、こう言うのって自分でちゃんと考えて返事しないと、相手に悪いし……でも告白なんてされたの初めてだし……どう返事したらいいのかなんて、決めれなかった。こんな事で悩んでるくらいなら、勉強しなきゃ……お母さん……」
「そっか。そうだよね。あ、帽子被るの忘れてた」
くるみはガサゴソとカバンの中からFBIの帽子を出し、被った。
ここが、正念場と言う合図か?
「FBI? あのアメリカのFBI?」
「そだよ。私、所属はFBIなの……あ、ちょっと待ってね」
「どうしたの? くるみちゃん?」
「春男、紙頂戴――さおり。これ見て」
「え?……これは?」
俺は敏腕執事の如く、素早い動きで持ってきた紙をくるみに渡した。
「入院した時に血液検査したでしょ? その結果の紙だよ。実はね、さおりの身体は今、凄く危険な状態にあるの。今のさおりなら理解出来るよね? まず肝機能の低下。この数値見て」
「…………」
「それから、腎機能、膵臓――これだけある数値が全部基準を大きく下回っているの。それから――」
くるみは突然、具体的な数値をさおりさんに一つ一つ説明していた。無論、熊本医師に、この病室に来る前に説明を受けていた内容を全て把握・記憶していたのだ。
「でね、さおり。これらを治す方法は一つだけだと思うの」
「……食べる事でしょ? 怖いよ……私……」
「違うよ」
「え? 違うの?」
「うん。違うよ」
「…………」
「さおり、明日退院ね」
「え? 退院?」
「うん。眠子もいいよって言ってた」
「…………」
「いやなの?」
「……嫌じゃないけど……」
「じゃあ明日退院ね。わかった?」
「う、うん」
駄目だ。
展開が怒涛過ぎて理解出来ない。
ん?
ちょっと待てよ?
前置きにあった数々の事例はなんなんだ?なんにも実践してなくないか?
と、思ったろ?
だが、安心してくれ。
次回、くるみがさおりさんのお母さんと話をして、いかんなくその手法を発揮する――予定だ。
待っててくれよな。
泣く子も黙る鬼警視の俺、春男との約束だぞ?
●あとがき
「くるみ。お前が好きだと言う……なんて言ったか? 作家……」
「pusugaさんでしょ」
「ああ、そうだ。なんでそんなに好きなんだ?」
「pusugaさんは、弱きを助け強きを挫く、罪を憎んで人を憎まずな方なんだよ。仏みたいな聖人君子だよ」
「そ、そうか……」
「うん。pusugaさんがいなければ、日本に帰らなかったよ。ほんとにあの人の偉大さは、地平線を駆け抜けるね」
「…………」
次回、10話と最終回を2話同時投稿します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます