第8話 不快だよ。謝ってよ。

 「春男。何度も言うけど交渉は勝ち負けじゃないの。お互いが満足する結果を出す事なの」


 病室を後にして、俺とくるみは大学病院近くの、地元では有名なツルツルシコシコ稲庭うどん店にて、対峙していた。


 「今回の交渉、さおりさんにとっては食べて健康になって退院する事が一番のメリットだとわかってもらわなきゃいけないの」


 「そうだよな……」


 「立て篭もり事件の時の犯人のメリットは、これ以上犯罪を起こさなければ軽い罪で済む、私達のメリットは人質の解放。全く違っていたけど、今回は私達のメリットもさおりさんが元気になってくれる事――つまり同じなの。でも、さおりさんにとってはダイエット=幸せ・喜びなっているから、難しいの」


 「そうだな……」


 「でも、眠子が薬物治療を併用してくれている事で、脳の機能が回復して来てる。いくら私でも、回復前だったら無理だったと思うよ」


 「医師との連携が必要か……」


 「薬物治療と精神治療、あとは家族との三者連携だね」


 「家族か……」


 「まあ、それも眠子と話してるから。春男は黙って見てればいいよ。あと、今日は元々、顔とお腹を見せるだけのつもりだったの。でも、少しだけ長引いちゃった。さおりを見てたら、私も早く元気になって欲しいって先走っちゃった」


 あの内容が先走った?

 

 だが、相手と交渉する前や問題に立ち向かう際には、色々調べてから向き合うと言う、くるみの根本が改めて垣間見えた。


 「お待たせしました〜。稲庭うどんミニきりたんぽ鍋セット二つです」


 俺は若い店員さんに「ありがとう」と現状自身最高の笑顔を振りまいたが反応なし。


 「春男。おしぼり使ってないじゃん」


 「いや、食べる直前に使おうと思ったたんだ」


 「病院から出る時もアルコールシュッシュしなかったよね? だったら飲食店に入店したらすぐ使うべきじゃん。衛生意識が足りないよ春男は。不快だよ。謝ってよ」


 「……あ、ああ、すまん」


 「あれ? 私のミニきりたんぽ鍋、きりたんぽが2本しか入ってないよ? 春男のは3本なのに」


 「じゃ、じゃあ交換するか?」


 「やだよ。一度春男のテリトリーに置いた食品じゃん。汚いよ」


 「……そ、それよりくるみ。さっきのさおりさんとのやり取りを解説してくれないか?」


 「……否定的肯定法の他には特にないけど、しいて言えば会話の継続を心がけたよ」


 「ああ、銀行立て篭もりの時のだな」


 「うん。会話の継続は相手を知る事につながるからさ。さおりは優等生タイプで、礼儀も正しい事が改めてわかった。気を使える所も」


 「なるほど。くるみの自虐にも否定していたな。あの感じならくるみの話も聞いてくれそうだな」


 「春男。勘違いしないでよ? 今回は交渉や説得じゃないの。カウンセリングなの。あくまでさおりさん自身が今の状況の整理をして、何が原因か?何が答えか? の答えを導き出せる様にサポートするの。だから、さおりさんが自分を吐き出せる様に、私との人間関係を構築しなきゃいけないの。まあ、この部分は交渉も同じ事だけど」


 「ああ、良くわかった」


 「何が? じゃあ1から説明してよ」


 「え?」


 「春男はわかってないのに、わかったフリをして自分を良く見せようとするじゃん――あ、でもいいや。春男は今回出番なかったもんね」


 「…………なあ、本当に俺に出来る事はないのか?」


 「あるよ。警視総監に報告の義務があるじゃん」


 「そうだな!」


 「そうだ。警視総監からもらった10万円は、半分私に渡す様にだって。滞在費用はもちろん春男もちね」


 「…………」


 その後、現金がいい! と駄々をこねるくるみに対してデパートに行き、五万円分の図書カードに異世界転移させた後、強引に握らせた。

 


 

 

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