第7話 くるみVSさおりさんと拒食症 ROUND1

 「徳川様、青森さん、遠路はるばる申し訳ありません。今日はよろしくお願い致します」


 「…………」

 「…………」


 (おい。熊本さん。こないだとは別人じゃないか?)


 さおりさんが入院して三日が経過した。

 くるみは、さおりさんに面会する為に大学病院の熊本医師の診察室に来訪した。俺はあくまで付き添いだ。


 「さおりさんは点滴による薬物治療でだいぶ落ち着きを取り戻しました。並行して胃の機能回復の薬も投与していますが、食事は牛乳のみ。体重も増加していません。やはり食べるのが怖い様です」


 「そうですか……」


 「青森さん。中学生ながら、カウンセラーの資格を持つ子があなたを担当する事になった――と、さおりさんには話をしてあります」


 「うん。わかった。眠子」


 「そして、徳川警視は助手と言う事にしてありますから、一歩離れた所で二人の会話を記録する振りをして下さい」


 「助手? む、無理がありませんか?」


 俺のささやかな抵抗発言を聞き、熊本医師は首から下げているネームプレートを裏返した。

 何をしてるんだ?

 うん? 何か書いてある。

 【ダメ川ダメ男警視は黙ってなさい】


 「…………」

 (こんなの仕込んで、あんた暇なのか?)


 「青森さん、徳川様、さおりさんの事よろしくお願いします」


 「……はい」

 「う、うん。わかった」


 さすがのくるみもドン引きしていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 「…………」

 (予想より酷いな……)


 さおりさんの個室。

 ベッドをL字型に起こして、さおりさんは外をただ、ボーッと眺めていた。

 体重は現在は31キロ。

 やつれているとか言うレベルではない。触っただけで、折れてしまいそうな体だ。顔も酷く頬がコケてしまっている。

 そして、壁にはモナリザの絵も飾ってある。しかし、そこには目もくれていない様子だ。


 「……どちら様でしょうか?」


 「青森くるみだよ。くるみでいいよ」


 「…………」


 「ねえ、さおりさん凄く痩せてて羨ましい。ねえ、見て見て、私こんなんだよ。プニプニ〜」


 くるみはセーラー服の上着をめくり、お腹だけを露わにした。そして、親指と人差し指で脂肪をつまみ、見せつけている。

 突然何をしてる?


 「これじゃあ駄目だよね?」


 「……そんなこと……」


 「私、顔もかわいくないから……」


 「……そんなことないと思うよ……」


 「ごめんね。私、自分に自信がないから、すぐ否定的な発言しちゃうの。肯定してくれてありがとね、さおり」


 否定的肯定法

 わざと自分の事を悪く言い、相手から肯定発言を引き出し、自分自身を安堵させる会話。

 主に自己否定・自己嫌悪が強い女性が発する言葉だ。

 後から聞いたが、くるみはこの会話法を使い、さおりさんの情緒の回復度合いを確認していたとの事だった。つまり、他人に気を使う余裕があるくらい回復してるかの確認を行ったとの事だ。


 「……あなたは、先生が話してたカウンセラーさん?」


 「違うけど、そだよ」


 「え?」


 「本当はネゴシエーターなの」


 「ネゴシエーター?…………あ、交渉する人?」


 「うん。だから、さおりとさおりの病気の二人と交渉する為に来たの」


 宣戦布告的な発言はまずくないか?

 いかにも治しに来た! 的な発言は精神疾患患者に良くない気がするが?


 「さおりさんには、価値観を変えて笑って欲しいの。さおりさんの病気には、食べ物を食べて健康になって笑顔になって欲しいの。あのモナリザみたいに、ふくよかな女性らしい美しさもあるんだってわかって欲しいの」


 は? いきなりこちらの策を明かしてまずくないか?!

 しかも、食べて欲しいなんて、拒食症患者に一番御法度な気がするが?


 しかし、さおりさんは無言でモナリザを見つめていた。


 「くるみちゃんも、食べた方がいいって思うの?」


 「違うよ。だって今のさおりはまだ、胃がうけつけないから吐いちゃうじゃん。だから、さおりの病気に食べて欲しいの。あ、でも入院してから食べ始めてるよね。眠子から聞いた」


 点滴の事か。

 

 「ねむこ?」


 「うん。熊本眠子医師だよ。眠子は睡眠の眠るに子供の子だよ」


 「……先生、眠子って言うんだ」


 「そだよ。じゃあ、今日はそろそろ帰るね」


 は? もう帰るのか?

 わけがわからないぞ。

 あと、ツッコミ過ぎて疲れたぞ! 


 「あ、うん……」


 「じゃあね。バイバイ」


 「うん。バイバイ、くるみちゃん」


 「あ、明日も来るね。さおり」


 俺も慌てて会釈し、病室をあとにした。

 二人の会話を聞き混乱したが、なぜか試してみたくなった。

 

 「なあ、くるみ。俺みたいなおじさんを相手にしてくれる女性なんている訳ないよな?」


 「いないに決まってるじゃん。加齢臭だし、駄目駄目だし」


 「イケメンでもないしな……」


 「イケメンどころか、同じ人類だと思えないよ春男は」


 くるみさん? 否定的肯定法はどうしたんだ?


 「でも、変な安心感はあるよね」


 「え?」


 「早く、稲庭うどん」


 「お、おう、わかった」


 くどい様だが、現在ノベルアップ+にて「年の差恋愛短編小説コンテスト」開催中。

 みんな、投稿よろしく頼むぞ。


 


 


 


 


 

 

 


 

 

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